2007年01月08日

感性について

感性について

ほへと占いでは霊感を用いない。
しかし、感性は必要なのだ。

世の風潮としては霊感の方が重宝されていますが。

感性と霊感は根本的に違うものだが、
極まった感性は、霊感に見えたりもする。

昔、尊敬し、多大な影響を与えて頂いた、
師匠であり親分である人がいた。

「自身でよく見ること」を大切に言われ、霊感や霊能力に頼ることを戒められた。

そんな親分は突然ズバッと、最近こういう出来事があったでしょうと当てられる。

「ぎくっ何で判るのですか?」

コーヒーを混ぜるスプーンや、飲むときに発するカップの音で判ると言われた。

それは霊感ではない。
研ぎ澄まされた感性なのだと言われた。

あれから10年以上も経ち、おっしゃられた事の3%程度は判ったかもしれない。

霊感も、ある方向に向けられた感性ではある。
しかし、本来見るべきものの方向ではない。

感性とは、判断される前の純粋な情報だ。
人によってその情報量は圧倒的に違う。

ある人の感性は死に、物事を決めつけてしまう。
そんな人が感受する世界は狭い。

昔のほへとはそんな所があった。

まず、この世界に触れているのが感性だ。
そこが曇っていては、ちゃんと世界は見えてこない。

考える力はあっても、何を考えるのか?の何が根本的に間違っている人は多い。

人間の営みは単純であり、世界を、感じて、考えて、行動し、未来を創る。
それを仏教では五うん(色受想行織)と呼ぶ。

まず、世界をちゃんと感受することがスタートである。

逆に言えば、その人の世界とは、感性ということとイコールである。
感性こそが、その人の世界の広さと緻密さ、その全てだと思う。

直面する現実に、あれこれ、論理武装せずに、純粋にその現実を見つめてみてはどうでしょうか?
思考は、感性をダメにします。

意味付けは後からも出来ますから。

ほへとは朝起きて、散歩すれば、これから起こることが分かったりします。

当然それは、霊感ではなく、自分の感性で分かります。
良く見れば、ちゃんと見れば、見落とすこと事を拾うことができますね。

そんな感じが、ほへと占いの土台となっています。
posted by ほへと at 19:25| Comment(5) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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