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2006年12月02日

京都のお寺と拝観料

京都のお寺には、この紅葉のシーズンに多くの観光客が来られました。

お寺の庭にはすばらしい紅葉がある。

しかし、いろいろ思うことはある。

(1)拝観料について
(2)お寺の本来の目的について

(1)拝観料について
そもそも、拝観料ってなんじゃいと思う。
わざわざ、京都の紅葉を見に来られた方に、ここの寺も綺麗だよと勧めることが出来ない。
京都市内は、お寺は多く、少し歩けば次々とお寺に出くわす。
そんな感じで、次々お寺の度に、「拝観料」というのが強制徴収される。任意ではなくだ。
1日に10ほどの寺は余裕で回れますが、10寺分の拝観料(5000円ほど)は馬鹿にならない。

その反動は各地域のみやげ物や飲食店などに使われるお金も拝観料に変わるであろう。

またお寺に興味のある若い学生など(修学旅行でない)は、高い拝観料のためにお寺に入れない。
これはお寺に興味持つな学生どもと言っているのであろう。将来心配だ。

本当に怒っているのは、年間何回も来ない観光客ではなく。
毎日、その前通りますよという、地元の人に対しても「拝観料」を取るのだ。

はぁ?クソ坊主何考えてるの?

ある小さいお寺に毎日数十円という小銭を毎日毎日お供えに行っていた、おばあさんにも、そんな「拝観料」をとるので、おばあさんは、お寺、観音様に会えなくなってしまったそうだ。

ほへとも紅葉や桜など、一つの寺でも、何度も違う日、違う時間を撮りたいと思う。そのつど「拝観料」を撮られてしまうので、お寺での撮影は躊躇してしまう。

お寺や仏像、それは文化財であり、それを保存する為に莫大なお金がいるのはわかります。
それは、お寺本来の目的あっての事と思いますが、、

(2)お寺の本来の目的について
そもその、紅葉や桜をライトアップなどして、楽しませてくれるのは結構な事だが、、

お寺の本質的、存在理由を忘れてはいないか?

基本仏教の本質は、人間の苦悩を救済する為にある。

決してお寺は、博物館ではない。みんな誤解してるよ!

今でも現役のお寺なのでしょう?

自殺やいじめ、多くの人の苦悩や悩み。例えば、観音様はそんな人々の救済の為に、多くの目や多くの手をもつ。
またなぜ宗教法人で税金が免除されるのも、社会に、人々に対してそんな事をしてもらえると思っているからではないでしょうか?

で、お寺に、相談に行こうとも、まず拝観料払って下さい。
すみません夕方4時半までです。

地域や社会の人々に貢献する気が無いように思える。

昔は、自殺前に、「出家」という世間から出るという言葉があり、仏門に入ることで、死以外の選択があった。また「駆け込み寺」という言葉もあり、悩みを持つ人が、お寺に駆け込んだという、今では想像しがたい時代もあったようだ。

まるまる寺跡と名前を改め、博物館にして、バイトに坊主のコスプレとカツラすればいいのにと怒ってしまうのであった。
posted by ほへと at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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