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2014年12月21日

食についてのプロローグ

そもそも、男の一人暮らしにおいて、誰かに食べさせるわけではなく。
誰かが作ってくれるわけでもなく、、
ただ、身体維持的に食べることに飽きてきていた。
スーパーの惣菜や弁当などに手が伸びない。
とはいえ、料理が得意ではなく、野菜と肉を、煮るか焼くかであった。
気がつけば、食生活は荒れるというより、先細りの様子が見えていた。


もともと、食に関する欲望は低くかった。ゆえに食に対する意識も低い。
バーのマスター太一に、
食べること自体が、邪魔臭い。朝起きたら、スマフォみたいにバッテリー満タンに充電されてたらいいのにと語り、非常にわびしいと悲しい顔をされた。

ほへとの回りの友人は、料理上手、料理達人が非常に多い。
これら素晴らしい友人たちに出会わなければ、未だ食に関して意識を巡らすことは無かっただろう。

学生の頃に出会った、火曜会主人は寿司屋の息子であり、お父様にはいつもいつも、フグやすっぽんをはじめ、その辺りの魚屋では売っていない高いも食材の料理を食べさせていただいた。思えば、火曜会の始まりは、火曜会主人亭で美味しいものを食べる会だった。
肉は、岸子の実家近くの岡山の牛のおかげで、牛肉を食べられるようになった。
すでに20過ぎの頃の肉デビューだった。


思えば、小学生の時に、病気になり、動物性蛋白質の摂取が禁止された。
肉は無論、牛乳さえも禁止され、給食の時間には自宅に食べに帰っていた。
自ら出家してそうなったのではなく、期せずして、精進料理生活であった。
今思えば、親戚が八百屋だったというのが、潤沢な野菜を供給してくれた。(売れ残りやけど)
残念なのが、母親の料理スキルが低いために、ほへとのハンガーストライキは日常であったこと。
そんな感じで、学生の頃は、180近い身長なのに、体重は50半ば程度しか無かったのであった。

まぁ、そんな昔話はどうでもいいが、
ここんところの料理に目覚めた?のは、ほへと占い上の、第2波動年ということと、
その引き金を引いた出来事は、単に「岸子米」という、岸子の実家で作られている、アキタコマチが切れそうになったこと。
ここの米を毎年30キロ玄米で購入している。
通常は、3合づつ、精米器のかけて、3分付きか胚芽米にして食べていた。
それが、残り僅かになってきたので、なにげに玄米を2合づつ炊くことにした。
久々の玄米だったが、美味しかった。
そうか、別に健康とか栄養とか、そういう問題ではなく、自分は玄米の味が好きなんだと再確認した。

基本ほへとは、クリアな味より、濁った味が好きな傾向がある。
うどんより蕎麦、ホタテよりサザエ、生ビールより熱処理ビール(クラッシックラガー)など、

なら、この玄米に合う料理をしていこうと思った。
決料理本やネットで、世間が美味しそうと思う料理を、レシピ見て作っても、
そんなものが長続きするわけではない。結局ブームで終わる。(今回も?)

特別な食材ではなく、近所のスーパーで買える範囲で、
今までより、料理に時間を掛けることにする、それは、

料理は自分のためにする。誰でもない、自分様においしく食わせるためにする。
と同時に、食材様に対して最大限のパフォーマンスを引き出すことを料理とする。

というテーマを立てるのであった。

と、たいそうにしているが、長続きするために、見苦しい料理をブログにアップする作戦であった。
posted by ほへと at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 食について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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