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2016年04月14日

ステージ4を目指して

自分と現実を分けてはいけない。
他人と自分も分けてはいけない。

いつもは無理だけど、たまにはそういう意識になろう。

ステージ4では、個別意識ではなく、集合意識となる。
自分や他人の差を取る、悟の境地?
集合意識は、切り口として、無限の個別意識の集まりとも言えるし、無限の場(出来事・事件)の集まりとも言える。

この意識境地を悟れば、下界での人々も他人ではない。
また、他人に対する、支配や依存はあかんこともわかる。
身近な人は、割と自分のようなものという事がわかる。

例えれば、歴史のようなもの、戦国時代に突入し、江戸時代が始まり、幕末となり、明治維新が起こるという感じ。
我々は、平成の世のその歴史を創っている出来事の一部なのだ。

要するに、個人は、出来事・事件を起こすためのオブジェクトで、個人が重要ではなく、イベントが大事なのだ。人間レベルに例えると、基本の、ステージ1の「物」は、「事」を起こすためのもので、物が重要ではなく、事が重要なのだ。の上位意識バージョン。

ステージ3になれば、
意識の個体化、意識に個別性を持たせる。
だから、自分の人生は他人と違うことが重要。
上に行けば、個体というものは、重要でなくなる。
だからこそ、ここでは個体ということが重要なのだ。

誤解として、ステージ2の「私は他人とは違う、一緒にしないで!」というエゴ的な話ではない。
同じものを見ても、同じことを体験しても、それは自分だけの感覚であり、他人のそれとは違うということ。
それ(現実:感覚)をしっかり自分なりに自覚し見ること。
自分を持つということ。自信、プライドに近いもの。だからエゴとは真逆。

故に、人の気持ちを分かろうとすることは大事だが、勝手に人の気持ちが完全に分かったと思うのは完全な間違い。他人の気持ちは絶対にわからない。(大体把握することはできる)

ステージ3の自分、セルフには身体がない。
例えれば、自分とは、実態のない音楽のようなものだ。
セルフとは、レコード盤に記憶した、音楽を指し示すもの。
で、そのレコードの溝を走る針がエゴだ。
流れる音楽が人生なので、今再生して聞こえている音の部分が、今の現状ってとこだ。

また、レコードの棚の、「年代別」「ジャンル別」というのが、集合意識ステージ4。

またさらに、レコード(人生)が縦(時間軸)とすれば、横軸(空間)が、現在の自分が参加している数々のイベント。
会社、学校、グループ。ある電車の中、ある街で呑む。

例えば車内に、いろいろな人がいる。それがこの空間を作ることに参加している。「場」である。
大切なことは、常に「場」を中心の持ってくる。「人(エゴ)」を中心に持って来ては場が治まらない。
場に参加している人々を「クラスタ」と呼んでいる。
場の中心と自分の中心を合わす。
そして、事件は起こるのであった。

この「場」の上位に「地球」がある。

ステージ2、エゴの拠点である
感情がベースで、欲と思考であえいでいる。
最下界であるステージ1からは、生死と一般常識で縛られている。

まずは、ステージ1の常識をあまり重要視しないこと。
ステージ3、ステージ4の方向に気づくことはできないから。
まずは自由な発想を持って、自分なりのルールや正義を持とう。
どんなに努力し、社会のルールを守っても、それと幸せは関係ないし。

あるステージ4の真実が、ステージ3で各個人の事実となり、それをステージ2のエゴがワイワイ騒ぐという感じ。それで細かい法律やルールがステージ1に作られる。

レコード盤の音楽が本当の自分(セルフ)だが、
エゴがなければ、音楽は再生されない。
音を直に聞ける(現実を生きる)のは、エゴだけの特権なのだ。
だからちゃんと聞け(生きよう)。
posted by ほへと at 17:16| Comment(2) | TrackBack(0) | スタンディング・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
個々のエゴは最高の再生機であり蓄音機であるのだけど、
何か(現実)に叩かれ殴られ軌道修正を受け続けなければ最高のパフォーマンスを発揮することはない、ちょっと扱いづらいヤツらな訳ですね(笑)
Posted by susukineko at 2016年04月18日 05:41
susukinekoさんへ、曲はメリハリも大事ですから。
Posted by ほへと at 2016年04月22日 22:22
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