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2016年05月30日

社会ルール、「所有」

社会ルールというものを考えた時に、かなり強力に「所有欲」が存在する。
それでも最近は、「個人所有」から「シェアリング」というのも増えてきました。
音楽などのソフトも、「所有」から、「ストリーミング」という形態に進化してきました。
PCのデータもクラウド化の時代です。

そもそも、所有というルールを考えた時。
人間の世界(ステージ1)では、所有者、所有物というのが明確になっている。
何を所有するか?より良いものを所有することが「幸せ」に映り、それに憧れる。

ステージ1は物の世界。良い物を所有することがステータスの世界。ものと交換できる「お金」は重要と考え執着する。
でもお金で幸せを生み出しているか?

ステージ2は心の世界、ここには「物」は存在しない。記憶という思い出や想像の世界だ。存在するのは「事」なのだ。
心を豊かにするということは、「良い物」の所有ではなく、「良い事」の所有。

高次の世界(ステージ3)では、心(ステージ2)での経験が気付きとなり「智」が生まれてくる。
ここから考えれば、現実の「物」を所有するというのは、どうでも良い。
ここ「セルフ」という本当の自分ある意味で言えば、「魂」というべき場所。
魂を朽ちらすな、魂を肥やすには、「物」のみに囚われてはいけない。

別荘を所有していても、結局使わなかったら、所有していないのと同じ。
逆に、知人の別荘を借りられたら、その時は所有しているのと同じ。

突き詰めて考えれば、「所有」というのは、幻なのだ。
むしろ、所有したことによる、「油断」が生じて、それをしっかり感じることが薄れてきていないか?

感じたものは、全て自分のものだ。
感じてないものは、自分のものではない。

感じるとは、五感とは、現実であるステージ1を、心のステージ2に引き上げることだ。
「物」から「事」に変えること、そこではじめて、「私だけのもの:事」になる。

例えば、実際に所有していないものでも、バーチャル(仮想)的に所有しているとイメージしたり、
所有しているものでも、「これは自分のものではない」、と自分に言い聞かせてみたり。

それを発展していれば、全てを所有していないという境地に達すれば、それは逆に全てを所有しているという感覚におちいる。
太陽の日差しの温かさ、風の気持ちよさ、この街も、この世界も、感じているなら、実は全て自分のもの(思い出)なのだ。

まぁ単に自分は自然の一部ということ。自然(世界)が誰かの所有物ということが問題だ。

一度、「所有」とう社会ルールを少し考え疑ってみてください。
posted by ほへと at 20:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「あなたの恋人になりたい(恋人にしてほしい)」
も所有ですね。
恋人という肩書きはステージ1、
恋人らしい経験という実感はステージ2、
ステージ3に至れば、所謂「魂」の結びつきということになるのでしょうかね。

改めて「物」のステージにこだわりたくないなと思えます。(笑)
見えなくなってしまわないように。
ステージ上げていきたいものです。
Posted by susuki-neko at 2016年05月31日 01:22
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