運命を信じる。
というのは、失敗しないということや、成功すると思い込むことではない。
どんな経験も受け入れるという気合のようなものだ。
エゴ的な思考を捨てるということ。
どうしても、人はエゴ的な思考に縛られ、運命を信じられない。
今、現実があるのは、気付きのためだ。
ある気付きを生み出すために、エゴや経験がある。
だが、具体的な細かい経験が大事ではない。
つじつま合わせの出来事は多い。
早いか遅いかの場合もある。
そんな気付きのための、経験をするための、現実に、逆に入り込み過ぎれば、
今の現実に執着してみたり、不安が、未来の確約を求めて悩んでしまう。
エゴの悩みは消えない。
仏教で云う四苦八苦だ。
エゴの悩みを消すために人生はあるのではない。
固い現実に、執着するのではなく、
現実は柔らかいということ、まるで夢のような世界ということを気づけば、
ことの本質は、物から事へ移る。
エゴはリスクを避けるが、運命はリスクを勧めてくる。
エゴの好きなことや嫌いでないことが、ワクワクではない。
運命お勧めリスクは、エゴにとって恐怖心でしかないが、
運命お勧めリスクをエゴが受け入れたときに、本当のワクワク感が来るのだ。
それが、運命を信じたということ。
新着記事
(12/03)おサイフ洗濯してもうた/
(12/01)松尾大社、神紋(231201)/
(11/30)あたなと世界は同じ/
(11/28)「LDK」が新しい占い本を出すそうです。/
(11/25)ゆず、ゆずポン酢作りA/
(11/24)ボディワークのレベルアップ/
(11/20)自然の呼吸/
(11/17)上賀茂神社にて(231117)/
(11/15)大山崎・水無瀬神宮にて(231115)/
(11/14)高雄・神護寺にて(231114)/
(11/13)機械のように生きるな、自分のために時間を使おう/
(11/11)ディスカッション(戦う)/
(11/09)期待すると運は逃げる事について/
2016年12月05日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

