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2017年01月23日

エゴの知ることとセルフの知ること。

とにかく、無駄なことを考えすぎだ。
考えすぎる人は、賢くない。

必死に考えて、分からなければ、分からないということに気付くべきだ。
そうすれば、次が見える。
分からない事、知っていないと不安というのも、乗り越えて行こう。


良くないのは、答えを決めてから、後を追うように、意味付け理屈付けをする作業。
これは余計な脳みそだ。
例えば、誰かに誘われたとして、行くか、行かないかで迷ったとする。
しっかり考えても、気分でなんとなくで決めてもいいが、後で意味付けはしない。
断って、相手がしつこく聞いてきた時に、初めて考えればいい。

インスピレーション、直感、感性は、心ではっきり理解できているものではない。
この状態のまま、行動に移せる人は、センスがいい。

心(エゴ)で理解しようとして、抽象的な答えを無理に、低次元化・具体化(インスタンス)する。
エゴから見えるように、理解できるように、考え方やロジックを展開する。

まぁエゴは納得したり、人に伝えたりできるが、最初の答えからは必ずズレが生まれる。
その展開した具体化した答えからは、元の抽象的な答えには戻らない。
エゴが理解できるものにセンスはないということ。

理屈付けしなくなり、少し高次の思考感覚に慣れていくと、
人は常に、どうでもいい事を問われ、迷わされ、脳みその無駄遣いをして疲れているのがわかる。

エゴが知って安心しても、人生(現実)に現れてないものは自分(セルフ)ではない。

本当に知りたいことが人生に起こるなら、人生とは知りたかったことだ。
人生とは、知りたかったこと、知ったこと。
それが本当に知っている(智)ことでセルフとイコールなのだ。
posted by ほへと at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | スタンディング・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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