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2017年03月01日

なぜ自分らしく生きれないのか?

なぜ自分らしく生きれないのか?

この現実世界が、そういうふうにできているからだ。
常識が人が自分らしく生きたり、精神的に成長することに縛りをかけている。

成長には、経験が必要だが、常識という、エゴを不安で支配するものが、行動に制限をかける。
そして常識外れな振る舞いは、この羊たちの社会からは危険視か、まれにヒーローと映る。

常識外れを、強く推進するわけではない。
しかし、常識内では、はっきり言って何もできない。エゴは、ロボになるだけだ。

子供が、あれだめ、これだめと、教育される。常識を調教される。
その常識が足かせとなって、年頃になっても、恋愛や冒険ができなかったりする。
いや逆で、常識をぶち壊すために、恋愛や冒険をしないといけないと思う。

この社会で、過剰な常識外れは、社会とエゴのバランスが取れない。

そんなわけで、推進しているのは、常識外れギリギリを狙うこと。
このギリギリがポイント。

実は社会の常識は、思ってるほど狭くはない。
エゴが思っている、許される常識の範囲が狭いのだ。

生真面目なほど、範囲の狭さが際立ち、相手にもそれを求める、後ろ盾は常識だ。

自分が思う、常識の中心を見るのではなく、常識の範囲ギリギリ外を見つめてみよう。
そうしなければ、自分らしい生き方なんて絶対に見つからない。

たまたま、自分らしさが、常識の範囲内に収まることはあっても、
常識範囲内のことをして、本当の自分が見つかることはない。
むしろ、常識は、さっきも言ったが、本当の自分を気づかせない為にあるのだ。(と思ってる)

常識的な人は自分がない。
非常識な人が、自分があるのではない。
自分のある人は、常識の範囲内にいる。

自分を生きる。自分らしい生き方を見つけるために、
常識を疑うこと。
常識の範囲で生きても、自分は見つからない。
それは常識は、自分ではないからだ。

自分の考えと常識がごっちゃになっている人は常に葛藤は避けられない。
自分のある人は、自分の考えと常識が分けられている。

自分に素直か?常識に脅されて、それを厳守か?
多少の常識を破っても反省すればいいが、
後悔は、自分を裏切ったということ。

自分らしく生きるには、この現実の常識とやらと戦わなければいけない。
posted by ほへと at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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