2016年09月12日

タロットカードと人間レベル(3)、ステージ3後半

セルフ
そのセルフは数秘11の境地ですが、くどいが、数秘2のゾロ目のことではない。それは2EX,2SPL。

現在多くの人が使っているタロットであるウェイト版タロットでは残念ながら#11は「正義」と書き換えられている。
#11が「正義」ではおかしい。
古典マルセイユ版タロットの#11が「力」と知った時、謎が解けた。
人間の本質は、「力」なのだ。「正義」ではない。
宗教っぽい思惑が、本来の「力」を「正義」に変え、人間の「力」を奪ったのだ。

#11の解釈が、人間の本質の解釈となる。
どのエゴ数秘関係なく、この#11を目指さなければいけない。間違っても逆方向#0「愚者」へ行ってはアカン。

タロットカード#11「力」
意味は、力、意志、実行力、理性。

「力」は意志。意志は自分(セルフ)とイコール。現実を変えていく力。目標を達成する意志。
人間としての「力」とは意志のことであり、実行力を伴うものであり、その行動は理性的というまさしく、タロットの意味そのものだ。
これこそ人間の本質の解釈となる。
ほへとは、意志が、人間の精神性で重要なものだと考えている。世の風潮は「愛」だが、その境地は、人間を捨てた先にある。
エゴが低レベルに解釈した「愛」には、「力」が無い。

また、意志は大事だが、「念」は絶対ダメだ。念で変えるのではない。
身体を使って変えなければ人間としての意味は無い。
念は、ステージ3の魚の身体ではなく、ステージ2の獣の心。

生命の進化で、カンブリア紀(5億7000万年前〜)の生物の大爆発時に、脊椎動物の先祖が誕生する。
先に大きく進化した節足動物に怯えながら、進化を繰り返し、魚類となり、海を支配するに至る。
その進化の方向こそが、「力」なのだ。(#9:経験則の進化)と(#10:運)の統一。
そして力の無いもの、自然淘汰する。

脊椎動物の特徴は、今までにない、眼を獲得したこと。
それにより、現実という下位ステージが生まれる。
その現実の情報と中枢神経とリンクさせ、身体を運動させる。
やがて、情報処理システムは高度化し、脳として進化していく。
この頃はまだ、潜在意識、身体意識といえる。

現実という世界を与えられ、それを思い考え、現実を変える(力)。

色受想行識、現実(色)を感じ(受)、考え(想)、行動する(行)、その結果、新たな現実が織られている(識)。この5つが繰り返される。この色受想行識:五蘊は、人間の本質と説かれている。

マトリョーシカの3つの人形のその一番奥がこの魚の身体で、現実を変えてきた力がその中心で輝いている。

タロットカード#12「吊された男」
意味は、修行、忍耐、試練、着実。

#11「力」、それを具体化した、#12の「吊された男」は、
「力」を存在さすには、「吊された男」が同時に存在するということを意味する。
それは、エゴ、身体、人生を修行や抑制する目的が、力を得る、意志を実現するということにある。
逆に言えば、修行や抑制なくして、簡単に現実は変えられないということ。

オリンピックで活躍した人を例で見れば、メダルを取るという「力」を発揮することは、すなわち、「吊された男」になること。と解釈できる。

#12は、先にも説明したが、身体ということ、人生ということ。
どうせ吊されるなら、「力」を求めよう。

意志は大事だ、占いで、どうなるのですか?と聞かれたら、どうしたいのですか?と問いかけます。
未来を心配しても、運命は変えられません。
それは、クラゲのように流されているだけ。
魚のように泳がなければいけない。
ほへと風水では、鬼門(北東)、水回りを避けるようにいうのは、ここが、意志の源であり、身体の要である腰と関連しているからだ。
意志を実現できるように占いはある。

適応レンジでは、#11と#12は、「己」、十界では「天界」と呼ぶ。

この「己」、「天界」を突き抜けた先が#13「死神」、人間レベル、六道輪廻からの卒業のステージ4だが、
次はステージ2へ下がります。

>タロットカードと人間レベル(4)、ステージ2前半
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2016年09月11日

タロットカードと人間レベル(2)、ステージ3前半

順番を無視して、あえて上からいくことにした。

約束事として、数秘11とか混乱する人がいるので、タロット互換の高位数秘、拡張数秘は「#」の後に数秘を記述することにします。
数秘11→#11
#11は、数秘11と同時にタロット11の「力」も表しています。


人間レベルのマトリョーシカの3つの人形の一番奥が、潜在意識の世界であるステージ3だ。
魂的部分であり、セルフと呼ぶ本質だ。
このステージ3は恐ろしいことに、全員ちゃんとあるわけではない。
中には、この人形が入って無かったり、非常にちいさかったりする。
なんとなく、中身のある人、無い人という感覚に近いかもしれない。

ステージ3は、#9,#10,#11,#12で構成されている。

    (#11↑)
   /\
  /   \ [ステージ3]
 /    \
/ (#12↓)    \
(#9←)ーーーーー(→#10)

数字としては12が一番数として大きいが、ステージ3の中心は#11であり、一番高位に位置する。
#11はセルフと呼ぶ、自分を示す境地であり、魂的な点だ。
#11は、#9と#10が統一することで出現する。
#12は、#11を具体化したもので、生まれて死ぬまでの間、歩んだ一生の人生とも言える。
人生とは、それは身体を持つということの意味と同じ。
生死の「生」である。「死」は身体を失うという意味だ。

名前は、その身体に、人生に付けられるとも言える。
要するに、名前は、#11、#12のものだ。下位であるステージ2のエゴ(心)に付けられるものではない。
ましてや、ステージ1の肉体という物体に付けたものでもない。
ココに名前での開運のヒントが有る。

身体(生)
体のことをステージ1の物質的な肉体と思うか、それともステージ3の身体(人生)と思うか、
ステージ2のエゴ調教が変わる。
身体は、ステージ3レベルと、ステージ1の物質レベルとが、重なっている。、
しかしステージ3の身体からエゴはコントロールされる。
禅やヨガではなくとも、単にスポーツやジョギングでもエゴが爽やかになるのもこのせいだ。

ちなみに、身体の怪我や病気が治癒するのは、ステージ4の生存能力による。

エゴが身体を単に物質的な肉体と見れば、また病気や身体の衰えは、エゴの暴走を引き起こします。
常々、健康に注意し、トレーニングや鍛錬を怠らないようにしましょう。
身体はエゴより上位なのだ。

そして、名前の自分をつぶやき、ステージ3の人生を駆け抜ける身体を意識しましょう。

タロットカード解釈
タロットカード#9「隠者」
意味は、経験則、高尚な助言、思慮深い。
経験則とは、実際に経験された事柄から見いだされる法則のこと。
まさに、下位ステージ2の#7から上がってきた、智や気付きである。

「隠者」自体の意味は、日本で言う「出家」、俗世間から離れることだ。
俗世間とは、ステージ2(心)のことだろう。

人生経験からの気付き=智、その人生を一旦隠れる#9、

その対極が、
タロットカード#10「運命の輪」
意味は、転換点、チャンス、変化、幸福の到来、定められた運命。
対極だけあって、天から授かるような、自力でどうこうではない状況の変化だ。

この相反する#9と#10の統一によって#11が出現する。

また、#11を見出すには、それなりに十分な経験則#9が必要である。
経験自体は、ステージ1現実で、法則性を見出すのは、ステージ2の心の役割だ。

ほへと数秘術、適応レンジでは、
物は事を生み出すが、ステージ1のテーマ。
心は智を生み出すが、ステージ2のテーマ。
空は己を生み出すが、ステージ3のテーマ。
としている。

この部分はエゴ数秘9の人にとって、非常に重要な部分。そしてヒントがある。
イケてる数秘9は、運がよく、導かれるように成功している、十分な経験則があれば、どの数秘より安易に運命を味方にするようだ。
反面イケてない数秘9は、本当にイケてない。現実での経験、その経験から気付きを見出す。それがなければ、違う意味の「空(カラ)」となる。
人間レベルのマトリョーシカの3つの人形の一番奥がカラにならないように。

適応レンジでは、#9と#10の境地を「空」と呼ぶ、隠者と同じ心を離れるという意味とかぶる。
十界ではそんな「空」の境地を「人間界」という。

>タロットカードと人間レベル(3)、ステージ3後半
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2016年09月09日

タロットカードと人間レベル(1)

タロットカードは、占いやカードゲームの為に作られたわけではない。
世界の構造と、生き方のヒントが示されている。
曼荼羅のようなものだ。

ほへと数秘は、生年月日で導かれるエゴ数秘と、タロットカードナンバーと互換の高位数秘、拡張数秘と呼ぶものがある、ややこしいがそもそも数秘は何にでも宿るものなので、エゴ数秘だけが数秘ではない。
よくある質問として、数秘11は2EXのことですか?は、違います。高位数秘、拡張数秘の20数秘の中の数秘11のことです。エゴ数秘のゾロ目は、EX、SPLと区別しています。
ここでは、断りがない限り、エゴ数秘ではなく、高位数秘、拡張数秘と呼ぶ、タロット互換のほへと数秘のことです。

人間レベル
人間というか、私という存在は幾つかの層で構成されている。
マトリョーシカの入れ子人形の如く。

人間としての、マトリョーシカの入れ子人形は3つある。ステージ1から3だ。

そのステージは、オリジンタイプにより4つの各数秘が割り当てられる。
その数秘とタロットとの関連。
数秘1,2,3,4     魔術師、女教皇、女帝、皇帝
数秘5,6,7,8     教皇、恋人、戦車、正義
数秘9,10,11,12    隠者、運命の輪、力、吊された男

また、数秘13という、人間レベル卒業、タロット「死者」相当や、
数秘−1相当の、人間レベル失格のタロット「愚者」相当もある。

これは、マイナスへいくか、数秘13を超えるか、どちらに向かうかが、今後(?)大事になります。

簡単にステージの説明。

ステージ 適応レンジ 数秘(A,B,C,D)
ステージ1 物/事 数秘1,2,3,4     現実の世界
ステージ2 心/智 数秘5,6,7,8     心の世界
ステージ3 空/己 数秘9,10,11,12    潜在意識の世界

タロットカード#11は「力」と古典マルセイユ版タロット準じる。
現在多くの人が使っているタロットであるウェイト版タロットでは残念ながら#11は#8の「正義」と書き換えられている。

ステージは、精神世界での、エーテル体、アストラル体、メンタル体であり、
ほへとの生命進化の段階では、人間文明ルール、獣の心、魚の身体とも言える。
エゴ数秘は、ステージ2に位置し、現実のステージ1を見るのが得意な、数秘1〜4、心であるステージ2を見るのが得意な数秘5〜8、ステージ3を見る数秘9がある。
ここでの数秘は、エゴ数秘ではなく、誰にでも関係ある、高位数秘、拡張数秘のことです。

人間としては、各ステージ全て、良い感じになることが幸せです。
現実が良くても、心が貧しくたり、魂が朽ちていてはダメなのです。
同じように、現実が悲惨で、魂だけ輝くというのもいただけないものです。

ステージ構成では、AとBが対立し、それを統一すれば次元上にCが出現し、それを具体化したのがDとなる。
要は、数秘3,7,11が肝となるということです。

ではタロットが何を言っているか説明する。#はタロットナンバーであり数秘ナンバーのこと。

ステージ1である現実での目的は、#3女帝の幸や繁栄ということ。それには、#1魔術師の創造性と#2女教皇の過去の知性のバランスが大事で、新たな創造だけ、過去の考えだけでは、幸や繁栄は無いですよということ。
#3女帝を現実の世界で具体化するのに#4皇帝ということになる。

ステージ2の心ステージの目的は、#7戦車は勝利、問題解決、それには、#5教皇の法的なルールと、#6恋人の感情や愛情のバランスが大事。逆に、感情で突っ走ったり、法的なルールだけ厳守して無感情では、勝てないのだ。#7戦車を心の世界で具体化したのが#8正義となる。

ステージ3である人生での目的は、#11力の現実を変える力を得ること。それには、#9隠者の人生経験と#10運命の輪の幸運のバランスが大事で、経験不足やチャンスを生かせなければ、現実は変えられませんよ。
#11力を人生レベルで具体化するのに#12吊された男になれということ。

現実で幸せを求めているか?心は問題解決できるか?現実を変える力はあるか?
まずは、現実で幸せを求めることからスタートです。
これは、自分のエゴ数秘の問題解決ヒントと、エゴ数秘何番?というのにかかわらず、そのステージのテーマや重点を示している。例えエゴ数秘が、ステージ3の数秘9としても、ステージ1,2で統一を生み出せてなければ、ステージ3で力を発揮することはできない。むしろ下位ステージでの経験値不足が問題となる場合が多い。

という風に、タロットは現実、心、人生の行きかたのヒントというのがわかる。

では、もう少し掘り下げて、各ステージを見ていきたい。

>タロットカードと人間レベル(2)、ステージ3前半
posted by ほへと at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | スタンディング・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

自分だけの現実

個体のエゴが感じる世界を「現実」と定義している。
一見すれば、同じ場所で、同じような景色が見えている気になっているが、

このりんご、私の見えている赤と、あなたが見ている赤は同じではない。

まずは、隣の人と全く同じ映像を見ることは不可能。
女性は男性より、色に対する感受性が強いらしい。
そういう性差もあれば、子供の真っ直ぐな視線もあれば、大人の広角な視野も、逆にマクロに魅入られる場合もある。
腹が異常に減った時の、食べ物やその看板の異常な自己主張、逆に腹が満足した時にそれは消える。
ようするに、個々、時代、状態によって、見え方は違う。

実際は、現実の映像は、目から入った光は、後頭部で画像となっている。
現実を見ているつもりですが、自分の頭の後頭部の中を見ているのだ。

その時点で、エゴのエフェクトが掛かり画像は加工されているのだ。

さらに「現実」の意識ポイントも人によって違うし、その現実から感受するモノも違う。
それによる思考も変わり、行動も変わる。

ここにほへとがよく云う、見えている方が「私」というのもことさらおかしい話ではない。
私でなければ、こう見えないからだ。
私以外を見ることができないのだ。

同じ様に、相手はこの世界を、自分だけの現実としてしか見れない。

この事が、ある程度理解できないと、コミュニケーションも共感もできない。

そうそう、コミュニケーションが下手な人は、前提として、自分の感じているものを相手も感じていると思い込んでいる。


通常は、個が全体を見ている。個人が共通する世界を見ている。
実際は、全体(世界)から、個(現実)を見ているのだ。見せられているのだ。

直接、真の現実を見ることはできない。
いや、直接、真の現実を、(脳が)理解できないのだ。

意識の境地を上げることにより、より現実が見えてくる。
逆にそれは、ステージ1(現実)にのめり込み、現実を見れば見るほど見えなくなる。

「VR」というのが最近流行っている。
サイバーなゴツいゴーグルだ、それをはめて、仮想3Dやゲームなどを楽しむもの。
最初は、ゴーグル内の画像を眺めている状態だが、ゲームなどの演出により、完全にその世界にのめり込んでしまうやつだ。
それとまったく同じ感じ。

人生が進まない、そんな問題の多くは、ステージ1(現実)に、のめり込み過ぎていることによる原因が多い。
少し、現実を引いてみて、そもそもこの世界、現実とは何か?ちょっと考えてみよう。
posted by ほへと at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | スタンディング・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

スレイブモードからマスターモードへ。

エゴが現実に支配される、スレイブモードから、
エゴをセルフが支える、マスターモードへ。

通常:
心→「現実」
エゴが現実を見ている。
心は、欲望、感情、思考。

スレイブモード:
心←「現実」
エゴが現実に支配されている状態、現実の奴隷なので、スレイブモードと呼んでいる。
心は、恐怖に支配される。

エゴは、セルフからの精神力が届かなくなり、エゴは暴走、緊張、物質化する。
現実を見る力、心の機能低下、その現実を見せられる状態。
緊張、アガる、重心を失う、ヒステリー、パニック。ストレス。言葉が出てこないなど。

欲望による物質執着、愛情による愛着、愛憎など、自分を失い物や他人と同化を求める。

霊障などを引き寄せる。
通常の意識のカレントポジションはステージ2だが、意識がステージ1に堕ちると、霊障系の問題を引き起こす。
正しく意識を、ステージ2まで戻し、マスターモード訓練。

思考は、選択肢がなく、今の現実しか無い。または差別的極端な思考。

また、物質だけでなく、社会ルールや常識といったものに縛られ過ぎも、スレイブモードだ。
ルールを守るのではなく、疑うことも大切。
心が物質化するので、融通のきかないロボット人間ということになる。

スレイブモードからの脱出。
リラックス。運動。自分(セルフ)を持った人と話す。
心に不平不満でなく、笑顔を充満させる。


マスターモード:
意識→心、もしくは意識→(心=現実)
エゴを冷静に引いて見つめている状態。
心は、欲望は意志に統一され、喜びを求め、気づきを生み出す。

何がエゴをみつめているのか?セルフ。潜在意識、身体意識。本名名前の私。時間を超えた私。

条件:姿勢を正す。背骨を垂直に真っ直ぐ。健康であること。

エゴの暴走制御→意識が心を見つめること(精神力)により、エゴはおとなしくなる。
また、エゴによって作られた社会ルールに関しても、冷静に疑い、判断できる。
物欲、執着心の軽減。→心に映る物は物質ではない。
恨む気持ちは、自らの力の無さと、悔しさに変換できる。
ストレス軽減。生存能力アップ。→身体外から身体内を意識する。
思考は自由、現実を選択できる。問題解決。発想力。統合的思考=気づき:智。


マスターモード訓練。
気持ちだけではダメ、「身心」は、身体が先。

座禅してみる。正座でもいい。

静かに自分の心に映った現実を眺めてみる。
現実を直接見ているのではない。心を見つめる。

目は光を取り込み視神経を通し、後頭部で像として認識する。
後頭部を意識、頭のなかに入って、後頭部を眺めているイメージ。

現実にある、意識に陰陽に別れたオブジェクト(物事)を、統合していくことがマスター方向(愛・喜び)。
陰陽に分離していくことが、スレイブ方向(恐怖・痛み)。

姿勢を調律。前後、上下、吸吐、伸屈、を統合していく。
身体が統合を理解していれば、意識が統合することは容易になる。

posted by ほへと at 20:03| Comment(0) | TrackBack(0) | スタンディング・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月28日

現実とは、人間の姿

現実とは、人間の姿。
ステージ3は潜在意識、セルフ
ステージ2は心、エゴ
ステージ1は現実、人間の文明
というのの説明。

セルフ
私の本質を「セルフ」と呼んでいる。
潜在意識である。
以前セルフとは、音楽のようなもので実体はないという話をしたが、どうやら本当の身体のことのようだ。
生まれてから死ぬまでの一生。身体もそうだ、一生と切り離せない。
「名前」が付けられているのはここ。

セルフはステージ3の意識境地。
ステージ3の意識境地は、脊椎動物から哺乳類に進化する過程の意識。
脊椎動物、魚類などは、個別には考えず、ハードウェアの進歩(進化)で、生き残る。
多くの卵を生むこと。
環境適応、自然淘汰。そのことがおそらく、「種」としては、考えたり、試行錯誤しているのだろう。
個別の魚は、何も考えず、生存する意志のまま、自らが定められた通りに全力に生きる。

セルフの意識は、エゴ意識よりも次元が高いので、心ではセルフを意識することはできない。
今を生きる。夢中。無心。

「セルフ」は神から見たら一匹の「魚」のような姿かもしれない。

エゴ
心を「エゴ」と呼ぶ。
顕在意識である。私という意識である。
生年月日の数秘の性質。

エゴである、ステージ2の意識境地は、哺乳類から人間に進化する過程の意識。
動物は、脊椎動物の性質を継承しているので、無意識でも行動できるが、考えて行動したり、怒って行動したりもできる。

陸上に進出した、魚類は、哺乳類へと進化していく。
妊娠、出産は、魚のように多くの子を生むことはできず、少ない子供をいかに大人まで成長させるがポイントとなる。
試行錯誤は、「種」から「個」へ移っていく。
子への愛情は、生存への意志は、「顕在意識」を生み出し、感情や思考力を発達させていった。
それがやがて、「心」というものになっていく。
「エゴ」は神から見たら一匹の「獣」のような姿かもしれない。

現実
現実とは、あなたが「人間」を見ているのではないか?
現実世界であるが、実は、非常にプライベートな空間だ。
あなたが見ている現実は、他の人とは違う。あなただけの現実なのだ。
そういう意味でも、現実は、もう半分の「あなた」ともいえる。
実際、臨終間際、人生が走馬灯のように走るというが、人生は、「現実」の集合なのだ。

ステージ1の意識境地は、人間が文化、文明を作り、現在の社会ルールを生み出す、常識に関連する。
人間に進化し、手先の器用さから道具を扱い、言葉を扱い、「文明」を作っていく。
お金の力による、上下格差。社会常識での「幸せ」や「正義」。
現実の本質とはこの部分だ。「文明」、「科学」、外部の知性。「社会ルール」ではないか?

あなたは、自由な世界を生きているようで、無意識に、社会ルールを生きていることになる。(まぁあたりまえ)

「人間」は神から見えないかもしれない。生命(DNA)が宿っていないから。
魚が獣という身体(DNA)の進化した流れではない。
人間の進化とは、魚や動物の進化ではなく、人類の外部記憶、外部知性の進化、科学文明の進化のことだ。

自然の理ではなく、人間のルールだ。
だから、人間のルール、社会ルールを守っているだけでは、自然の理からパワー(生存能力・運)を得られない。
心を活性化する。それも刹那な今のためではなく、人生のために今を生きる。

よってエゴ(獣)はセルフ(魚)を目指せ。人間(檻)から抜け出すのだ。
posted by ほへと at 19:07| Comment(0) | TrackBack(0) | スタンディング・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月14日

ステージ4を目指して

自分と現実を分けてはいけない。
他人と自分も分けてはいけない。

いつもは無理だけど、たまにはそういう意識になろう。

ステージ4では、個別意識ではなく、集合意識となる。
自分や他人の差を取る、悟の境地?
集合意識は、切り口として、無限の個別意識の集まりとも言えるし、無限の場(出来事・事件)の集まりとも言える。

この意識境地を悟れば、下界での人々も他人ではない。
また、他人に対する、支配や依存はあかんこともわかる。
身近な人は、割と自分のようなものという事がわかる。

例えれば、歴史のようなもの、戦国時代に突入し、江戸時代が始まり、幕末となり、明治維新が起こるという感じ。
我々は、平成の世のその歴史を創っている出来事の一部なのだ。

要するに、個人は、出来事・事件を起こすためのオブジェクトで、個人が重要ではなく、イベントが大事なのだ。人間レベルに例えると、基本の、ステージ1の「物」は、「事」を起こすためのもので、物が重要ではなく、事が重要なのだ。の上位意識バージョン。

ステージ3になれば、
意識の個体化、意識に個別性を持たせる。
だから、自分の人生は他人と違うことが重要。
上に行けば、個体というものは、重要でなくなる。
だからこそ、ここでは個体ということが重要なのだ。

誤解として、ステージ2の「私は他人とは違う、一緒にしないで!」というエゴ的な話ではない。
同じものを見ても、同じことを体験しても、それは自分だけの感覚であり、他人のそれとは違うということ。
それ(現実:感覚)をしっかり自分なりに自覚し見ること。
自分を持つということ。自信、プライドに近いもの。だからエゴとは真逆。

故に、人の気持ちを分かろうとすることは大事だが、勝手に人の気持ちが完全に分かったと思うのは完全な間違い。他人の気持ちは絶対にわからない。(大体把握することはできる)

ステージ3の自分、セルフには身体がない。
例えれば、自分とは、実態のない音楽のようなものだ。
セルフとは、レコード盤に記憶した、音楽を指し示すもの。
で、そのレコードの溝を走る針がエゴだ。
流れる音楽が人生なので、今再生して聞こえている音の部分が、今の現状ってとこだ。

また、レコードの棚の、「年代別」「ジャンル別」というのが、集合意識ステージ4。

またさらに、レコード(人生)が縦(時間軸)とすれば、横軸(空間)が、現在の自分が参加している数々のイベント。
会社、学校、グループ。ある電車の中、ある街で呑む。

例えば車内に、いろいろな人がいる。それがこの空間を作ることに参加している。「場」である。
大切なことは、常に「場」を中心の持ってくる。「人(エゴ)」を中心に持って来ては場が治まらない。
場に参加している人々を「クラスタ」と呼んでいる。
場の中心と自分の中心を合わす。
そして、事件は起こるのであった。

この「場」の上位に「地球」がある。

ステージ2、エゴの拠点である
感情がベースで、欲と思考であえいでいる。
最下界であるステージ1からは、生死と一般常識で縛られている。

まずは、ステージ1の常識をあまり重要視しないこと。
ステージ3、ステージ4の方向に気づくことはできないから。
まずは自由な発想を持って、自分なりのルールや正義を持とう。
どんなに努力し、社会のルールを守っても、それと幸せは関係ないし。

あるステージ4の真実が、ステージ3で各個人の事実となり、それをステージ2のエゴがワイワイ騒ぐという感じ。それで細かい法律やルールがステージ1に作られる。

レコード盤の音楽が本当の自分(セルフ)だが、
エゴがなければ、音楽は再生されない。
音を直に聞ける(現実を生きる)のは、エゴだけの特権なのだ。
だからちゃんと聞け(生きよう)。
posted by ほへと at 17:16| Comment(2) | TrackBack(0) | スタンディング・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

スタンディングアート事始め

スタンディングアートの目標としては、まずは仏教の云う、六道輪廻からの解脱です。
これは、ステージ3を超え、ステージ4(数秘13)に生きながら踏み込めば理解できる境地です。

下からチマチマやっても何なので、、とりあえず数秘13を攻略して行きたいですね。

古来から言われてきたいろいろな宗教的、真理的な叡智を、解いていくと同時に、
実際に各々が意識を上げていくことを目指します。

誰か偉い人に救ってもらおうとか、強い気持ちで信仰していれば助かるとか、そういう根性はここではいりません。

意識を高めていくという胡散臭い、よく使われるワードだが、
ここでは、第1段階、エゴからセルフへピントを変える。
第2段階には、セルフすらのピントを外し、個体から全体へ意識を高め広げていきます。

大体、物事がうまく行っていないのは、「エゴ」を外せないからかもしれません。
「エゴ」を忘れ、「私」を忘れれば、もっと自然にうまくいくという話です。
実は、みんな、仲間であり味方なのですね。(でも個体バイアスがそう思わせない)

「全体」
ステージ4、6次元
唯識では「阿頼耶識(あーらやしき)」
ニューエイジでは、オーバーソウル。
セルフのレコードの集合であり、クラスタの集合。

「セルフ」
ステージ3、メンタル界、5次元
個体の中心的存在、「名前」と関連する。
生まれて死ぬまでの一生。その記憶はレコードとも言う。
セルフは「気づき(智)」でできている。
下位次元のエゴの心の動き、感情や判断などは無い。
唯識では「末那識(まなしき)」、潜在意識。
本来意識するべき「私」

「クラスタ」
クラスタは、セルフと同じ、ステージ3上の概念です。
セルフは、個体の一生という意味を持ちますが、(元々の意味は、センス+ライフの造語)
クラスタは、みんなで「事(イベント)」を作り出している一員(パート)という概念です。学級(クラス)。
六道輪廻から解脱すれば、理解できる概念。

「エゴ」
ステージ2、アストラル界、4次元
エゴ(ステージ2:4次元)がセルフ(ステージ3:5次元)を見たとする。
エゴは、時空間に縛られるので、そこからセルフの一部が読み出され、それが現実(ステージ1:3次元)として、エゴに認識される。
エゴと現実を統合したものが、仏教では五蘊(ごうん)と呼ばれ、(色受想行識)がエゴの本質であり、そしてそれは空である。
エゴは、人生を作っているともいえるし、人生を見せられてるともいえる。
セルフの一生を[レコード]という単位なら、エゴは[セクタ]という事
唯識では「意識(第六意識)」
エゴは心のこと。心は「事」でできている。

「現実」
ステージ1、物質界、3次元
現実であるが、実際は脳内で再生されいる。
唯識では「五感である前五識」
物とは一瞬であり、事には時間が加わる。
現実は、物(オブジェクト)でできている。

エゴの見ている、感じている「現実」というものは、個体のバイアスがかかっている。
エゴを抑えるとは、透明な気持ちで、現実を見つめること。
逆にエゴが強いのは、主観的な判断(個体バイアス)
エゴを抑えるにはセルフを意識する。そうすれば目の前の現実が導いてくれます。


適応レンジ 十界 数え歌
  物 地獄界 ひ(一) ステージ1
  事 餓鬼界 ふ(二)
  心 畜生界 み(三) ステージ2
  智 修羅界 よ(四)
  空 人間界 い(五) ステージ3
  潜 天界  む(六)  
ーーーーーーーーーーーーーここまでが六道輪廻↑
  集 声聞界 な(七) ステージ4 ここから解脱↓
  因 緑覚界 や(八) 
  星 菩薩界 こ(九) ステージ5
  陽 仏界  と(十) 
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2016年03月17日

社会常識(ステージ1)と本当の現実(ステージ3)

社会常識は、エゴの意識を、ステージ1の方向に縛りつける。
社会常識とは、ステージ1の文明社会が作り出しているからだ。

エゴの意識は、ステージ2の心:哺乳類の意識ベースだが、
常識で物事を判断している限り、ステージ3の常識をぶち破る方向へは向かわないのだ。

まずは、素直に自分の感情や考えを否定せずに、現実社会の常識が正しいという考えが強くならないようにしよう。

あと、人間関係が大事だ、プライベートな心のつながりがなければ、
いくら友達やイイねが多かろうと、パブリックな社会だけのつながりだけでは、
社会常識ばかり、意識してしまう。
心や生き方が萎縮してしまう。

エゴの意識を、ステージ3の方向に向けるには、
純粋に現実を見る必要がある。

ステージ1の現実を見るのではなく、ステージ3の現実を見るということです。

実は今感じている現実は、エゴより低次元である、物理的なステージ1と、
高次元な、セルフであるステージ3が重なっている。

セルフ、見えない潜在意識、本当の自分、上位次元の、5次元のものが、3次元の現実に展開されているということです。それを通常のエゴ意識で、現実をステージ1の3次元の見方では、当然5次元の思惑には気づきません。

方位マネージャーや波動年などで、現実というのは、何かカラクリがあることに気づいている人も多いと思います。現実が、柔らかい夢なのか、誰かが撮ってる映画なのか、、常識では考えられないことを知るのは大事です。そのための占い(ほへと占い)です。

例えば、自分の波動年、方位マネージャーの意味などを意識しつつ、本当の現実を見る練習をして下さい。
上辺のつじつま合わせにエゴを右往左往しないように。

その中で、たまに、5次元の思惑が解けた時に、「気付き」「悟り」のような状態を生み出します。
その時の意識はエゴから離れ、セルフに触れているという感じですね。

現実とエゴが、5次元の一部である事がわかれば、セルフとエゴの統合は進みます。
posted by ほへと at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | スタンディング・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月12日

コンセプト:スタンディング・アート

スタンディング・アート(Standing Art)のコンセプトは、精神探求とともに、自分の意識境地を高める事にある。
スタンディング・アート(Standing Art)とは「存在技法」的な意味合いだが、StandingのStandやArtという意味はいろいろとある。

もともと、「ほへと」、「ほへと占術研究室」以前から、スタンディング・アート(Standing Art)という名前は存在していました。
例えば「ほへと占術研究室」のHPのURLは、
http://www.geocities.jp/standing_art/hoheto/index.html
であるが、
ジオシティーズのユーザー名は「hoheto」ではなく、もともと「standing_art」なのですね。
すなわち、「ほへと占術研究室」は「StandingArt」の下位機関だったのですね。

もともと、数秘や占い、風水やボディワークは、存在や精神探求のスタンディング・アートのコンセプトのもとでの研究でした。すなわち、くだらない精神を堕落させる占いは否定してる。精神向上を指向した占いの研究とそのアドバイスを行ってきた。(辛口だが)

「ほへと占術研究室」は10年を突破し、いろいろ研究の成果も積み上がってきました。
ここらで、基本に立ち返り、精神探求とともに、自分の意識境地を高める事をつぶやいていくことにする。

カテゴリに「スタンディングアート」が追加されました。

と言っても、今まで言っていた事のまとめ的な感じとなりますが、精神探求中心で、やや怪しく胡散臭い話になるので、苦手な人はスルーして下さい。
占関連は、占術に関する事柄で語ります。このカテゴリでは占いではない、精神的で怪しいことを語ります。
好きな人は楽しみに。


そういえばこないだ。
ある人と怪しい話をしてて、「ウォークイン」と言葉を久々に聞いた。
ウォークインは、クローゼットの話ではありません。
もっと怪しい話です。なんらしかの本人以外の魂が肉体に入ってくるような話です。

その人は、地球の救済に関していろいろ活動しているそうです。

それに関しては、否定も肯定もしませんが、共感はしません。
もっと上の事をしなければいけないと話した。
活動は、理解して行わなければ意味は無い。
形だけ真似ているのではダメと考える。
意識と行動のマッチングですね。


ほへとのいう「セルフ」という概念は、このウォークインの反対だ。
むしろ、身体から、本人の魂が抜け出すようなことを指している。
幽体離脱、ウォークアウトだ。

胡散臭いレベルで話せば、
セルフは、5次元、ステージ3(潜在意識)に位置する。
エゴは、4次元、ステージ2(心)に位置する。
現実世界は、3次元、ステージ1だ。

エゴは通常、下位次元の現実世界や同次元の心に意識を持ってきている。
それを、逆方向の上位次元の潜在意識に意識を合わせるのだ。
エゴが理解や感じることができない、5次元を考えて欲しい。

自分(セルフ)とは人生の事である。心(エゴ)のことではない。
エゴは、5次元の存在(セルフ)が、4次元に次元降下(ディセント)したものである。
夢は、セルフがエゴを見ているだ。それはエゴが現実世界を見ているのと相似関係だ。

ほへと占術研究室のテーマにエゴの理解とコントロールがありました。
スタンディング・アートはその先です。


あの震災から5年が経った。
エゴを消滅させるほどの悲しみは、人生を変える。
多くの人は、失った命のことを思い、より良く生きようと、意志をまっすぐ未来に向けていると思う。
自分が自分がと言ってる状況ではない。

不平不満や恨みつらみは、意識を身体の中に閉じ込めロックしてしまう。
その意識はやがて、身体をも硬直させ、コリや異常の原因となる。
「自分が」「自分だけ」「自分を」などのエゴエゴの意識は流そう。


禅やヨガの目的は、健康ではないのだ。
ウォークアウトのために、意識を自由にさすために、エゴと身体に必要なボディワークなのだ。

神道的な考えは、
本来、あまり個人のエゴについては、どうでもいい。
それより、町や村レベルのグループ意識が強い。
神も人間も、森羅万象も自然の一部で、良い事も悪い事も天候のように、
感謝し、自然とともに生きる。
受け入れるというのが大事。
上から下なのだ。
授けてもらうのだ。

逆に仏教は、エゴは救われない。
エゴは「四苦八苦」から逃れられないからだ。
どうすればいいのか?
悟るしか無いのだ。
意識境地を上げていくこと。下から上なのだ。
それが仏教的な考えだ。
修行だ。

どっちが良いか、優れているかではない。

神仏習合は、この神道と仏教が習い合うという事。

スタンディング・アートには神仏習合の概念が必要だ。
古事記はステージ5からステージ1の次元降下の話、般若心経は「般若波羅蜜多」という、本物・真理(ステージ1)の追求・その修行が大事と。

神仏だけではない、いろいろなことを、習い合わなければわからない。

それは決して、寄せ鍋ではなく、ひとつのことに気づくための暗号解きなのだ。
posted by ほへと at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | スタンディング・アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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