2018年06月08日

生い立ちが嫌いとか

自分の生い立ちが嫌いだから、改名する人がいる。
どうしてもというなら止めはしない。
世の中には、ひどい家庭もある。
最近のニュースでも5才の女の子の無惨すぎる話もあった。

ただ一般的には、大抵の人は自分の生い立ちに満足していないだろう。
ほへとも自分の生い立ちには苦労し、なぜ自分はこんな境遇だろうかと天を呪った頃もあった。

友と飲み明かすようになり、他人の生い立ちを聞くようになり、自分より遙かに苦労している、しかも、スネるわけでもなく、その運命と戦って、前向きに生きている姿に、自分を省みて恥ずかしくなったものだ。

想像以上に、他人さんも生い立ちには苦労している。外からは想像できないけど。

だから、生い立ちを語れる友人がいることは重要だ。
いきなり知り合いレベルでは、同情話で終わるかもしれない。

少し前の鑑定でも、改名命名の相談があったが、自分の過去も自分、嫌いな自分の名を唱えることをアドバイスし、結果いろいろ気付かれようで、今まで隠していた自分の名、本名を使うことを選択された。

今の自分がうまくいっていないのは、生い立ちのせいではない。
生い立ちを未だ受け入れられてないなら、上辺でなく本当の幸せが見えてないかもしれない。
本当に今幸せなら、生い立ちにも感謝できているはず。

自分の生い立ちが嫌いでも、まず今生きてることに感謝しよう。

産まれて来なければ、話にならないわけだし。

自分の生い立ち、自分が産まれてきたことを肯定しようと一生懸命生きているのかもしれない。
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2018年06月04日

感謝と姿勢

「感謝」というものは、いろいろ奥深い。

引き寄せの法則ではないが、「感謝」することで、運を味方にするというのはある。

常に感謝を心がけたいものだが、

とはいえ、何が何でも感謝するというのは、実際無理がある。
感謝する行為自体が軽くなったり、
口だけの感謝などで、
感謝の本来の意味が変わってしまっては意味がない。

本当に、感激した時に、感謝したいものだ。


いつも、何かに、感激し、感謝することは中々の上級者なので、
形だけ、感謝しようと思う。
形とは、姿勢。

「ありがとうございました。」

軽く頭を下げるとき、重心は足元に落ちる。
上半身は軽く脱力し、腹の奥が充実し、力が湧いてきます。

そんな姿勢を四六時中意識して、行います。

逆に、みぞおちを張った、上半身を緊張した姿勢は、怒りを表しています。

そんな姿勢をしていては、そういう結果を引き寄せます。



多分、上っ面では、感謝しようが恨もうがどうでもいい。
そんな時はある。
自分の奥底で、一番深いところが、感謝なのか?
恨み?不満なのか?

そこが、自分の生きてきた世界、人生の評価。

結局そこが一番重要で、
「あなた」、が、幸せなのか?不幸なのかを決める要素だと思う。
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2018年05月22日

日大アメフト選手が会見を見て

日大アメフト選手が会見を見て、
もし、今ではなく20歳の頃なら、監督やコーチの言うことを聞いたかも知れない。と思う。

好きなアメフトの興味が薄れていき、もう二度とグランドには戻らない。
本当に、この監督・コーチは、アカン過ぎる。

反面教師にしても、、


でも人ごとでなく結構身近にありうる話だと思う。

まぁそんな近所にアメフト部はなくても、身近な会社やショップは、その社長や店長は、従業員、スタッフに無茶ぶりをしているかもしれない。

特に社会人1年生的な人は、ちょっと大きな会社では社長は、雲の上の存在かもしれない。一から教えてくれる上司は、反抗できないかもしれない。
いつも新入社員なんかにはいうが、仕事はマラソンだ100メール走と思えば、鬱になるぞと。
特にデキる子ほど注意だ。

ある程度、社会経験を積めば、適当さも分かってくる。


指導する立場として、
何々してほしければ、何々をしろ、
相手選手に怪我させて、自分とこの選手も潰す。
監督辞めたで責任取った?

とちょっと久々に怒怒ですね。
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2018年05月18日

「私」と「死」について

人間の「死」について考えていた。
別にそういう意味ではない。

人間には、いくつかのレイヤーが積層している。

現実の世界の私、ステージ1現実、科学文明や常識に縛られている世界。
人間として、一番上っ面な世界であり、ここの死は、世間からの抹殺かも知れないが、即命が無くなるわけではない。

心の世界の私、ステージ2、感情や思考、エゴの世界、哺乳類のレベル。
身体とは別に、心には栄養が必要だ。家族や愛情、地位や名誉、芸術や真理など。
ここの死は、外からは、「心」を失うなり、狂うなりと見えるのかもしれない。
大事な人を失ったり。信じていたものに裏切られたり。

潜在意識の世界、ステージ3、無意識の領域、時間を感じない時間。脊椎動物のレベル。
ここの死は、身体が動かない、現実にアクセスできない。
植物状態や脳死の別はあるが、内臓は生きている場合は、「死」なのか「睡眠」か?
身体が健康だと、健全な心が宿る、心の土台だ。
潜在意識であるが、身体のことでもある、そういう意味でここが「人」としての「死」の場所?

集合意識の世界、ステージ4、原生生物レベル。内臓レベルだ。
内臓は、身体を活かしているのか?細胞を活かしているのか?
ある人が事後で亡くなった。その人の心臓が移植された。
その人の心臓が生きていても、やはりその人は「死」なのだ。
内臓疾患の場合は、このレベルが「死」に直面しているのかもしれない。

遠い未来の世界。人間の脳をバックアップし、クローン培養した新しい身体に、記憶をリストア(復元)した。
でも、その人はいない。もう死んでいると思う。

私は、誰かの生まれ変わりという、過去の記憶があるという。
こういう話を聞くたびに、「私」とは?思う。
その人はもう死んでいるし、その人と「私」は全然別個と思う。

さらに、ひょんな事から、人生観が変わり、生き方が変わった。
回りからは、別人のようだと言われる。
ある意味、過去の人が死んで、今の人に生まれ変わっているのかもしれない。
記憶も身体も共用しているが。
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2018年04月15日

善悪判断はダメ、好き嫌いは良い

こいつわ悪いやつだから、いずれひどい目にあうはずだ。
とか、
あの人はいい人だから、絶対にうまくいくはずだ。

というのは関係がない。

だから、そういう考えはやめよう。

どんなに悪い人間でも、怪我すれば、その傷口は治っていくし。
どんな善い行いをしていても、風邪引く時は風邪をひく。

逆に、病気になっても、懺悔しようが感謝しようが、
それとは関係なく、身体は全力で回復しようとする。
エゴの頭が邪魔さえしなければ、大体は時間が病気を癒すものだ。
病気とそこからの回復力では、回復力が勝るからだ。

そうそう、例えば、人のものを盗むことは、人間の社会ルールでは悪である。
盗んで見つかれば、人間社会で生きづらくなる。

ということだけだ。

後悔や罪悪感で苦しむ場合は、天罰ではなく、自業自得だ。
国や文化においては、窃盗にかんして、罪悪感を持たない場合もある。


他人を善悪で否定肯定するのはやめよう。
裁判官ではない。
まして、神でも無いのだから、天罰下れ的な思いはダメ。

特に些細な、恨みごとでも、呪いとなり、自分に返ってくるかもしれない。

単に、好き嫌いで、離れたり、寄っていくことは良い。

だから、悪いやつで、それを見れば心が傷んだり汚れるなら、離れる。
いい人なら、うまくいくように、応援し、結果はどうであれ、最後まで見届けてあげよう。

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2018年04月10日

変わるには3「壁」

壁というものにぶつかって、成長することはある。

壁というが、成長後からすれば、良いカリキュラムであったかもしれない。

壁は、人間関係、経済面、健康面、その他いろいろな状況として訪れる。

対処療法的に、それらを解決しようとしても、壁は越えられない。

じっくり、壁と向き合って、否定的な視点を変え、徐々に自分を変えていく。

数日や数週間で壁は越えられない、越えられたら、それは土が少し盛り上がってただけ。

壁を越えるのは、数カ月から数年かかると、腰を据えてかかろう。

壁があれば、当面のやるべき事が見える。ストレスではあるが。

さて、問題として、壁がまったく無い場合だ。

本当に問題が無く、壁がないなら良いが、
不幸にも、成長するべき、葛藤ポイントが無いため、成長が遅いなどだ。

ここで言う成長とは、精神的な成長。意識の高さの向上だ。
意識が低いとエゴ的に、独りよがり。意識が高いと、何人もの心を汲み取って、場を丸く収めたりできる。

そういう意味では、壁は実はありがたいものだ。

人生の中で、いつもぶつかる壁はありますか?

それを越えてみませんか?
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2018年04月03日

変わるには2

自分を変えようと考えるとき。
自分を否定してはダメだ。

自分を否定して、新たに変わることは、非常に大きなトラブルやストレスを生む。
よく言う、今の自分を受入れて、それを手放していくというのが重要だと思う。

私というのは、長い時間の物事であり。
一瞬の物ではない。

自由であれば、苦もなく、変化していけるだろう。

自由と言うものを、無にしているものは何だろう?

自由を妨げるものを、後の自分を縛るものを、自分の現実に取り込むのは考えよう。
例え、そのとき、未来に良かれと思っても。

自分を変えたいなら、他人を否定してはいけない。
他人を否定しているうちは、自分が正しいと思っているということ。

自分が変われないのを人のせいにしてはダメ。

変わることは、簡単だ。
それより、変わらないことの方が難しい。
努力して、変われない、変われないと、今の自分にしがみついている。

新年度もスタートしたことだし。
1年後には、今と違う思いで、桜を眺められるように。
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2018年04月02日

変わるには

変わりたい、変わりたいと悩んでいるうちは変われない。

悩むと、エゴが強まるからだ。
エゴは、なんやかんや言っても、変わることを嫌う。

変わるのに、心の力は必要ない。

心以外を変える。

ある意味、成長の一番最後に、心が気づく。
そのお膳立てはすでに出来ていたりする。


心以外の習慣を変えていこう。
外から変えるのだ。
環境でも、身体でも、食事でも、服装でも。


自分を変えたいなら、他人を否定してはいけない。

あなたを変えるために、その人はそう振る舞っているかもしれない。
悪魔の振りした天使、神の使いかもね。

人のせいでは自分は変わらない。


何をしていいかわからないなら、
少しでも興味あるものをつくれ。
興味ないことするな!

ヒントはそこにある。
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2018年03月14日

去年とは違う、新しい自分を知るために、季節は巡る。

梅が咲、桜のつぼみも膨らむこの季節ですが、
いかんせん、花粉は辛い。

バーなので、タバコの煙と合体すれば結構な、くしゃみ発生兵器だ。

この前、京都、全国車いす駅伝競走大会があり、福岡から参加関係の人とおもい川で呑んでいたが、
お客さんが増えると、服にか髪かに付いた花粉と、タバコの煙で、くしゃみが止まらない。

バーなので、マスクというわけにはいかんので、
太一(マスター)に、チューブわさびをリクエストするが、
その時、福岡の人から、スプレーのハッカ油を渡され、それをタオルにシュッ!
鼻に、軽くこすると、結構収まった。


春だし、何か新しい事が起きないか期待するものだが、
冬の間、どれだけ、努力したかも重要だ。

春は、単にそれが、表に出てくるだけだから。
(くしゃみもな)

去年とは違う、新しい自分を知るために、季節は巡る。
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2018年03月05日

特定の人を邪魔に感じても

特定の誰々を指して、その人を悪く言ってみても、事の本質はそこではない。

何かをしようとすれば、抵抗は生まれる。
誰もが全員、それに賛成することはない。

反対や、邪魔されるかもしれないが、それは、あたりまえの作用だ。

波動の原理のようなもの。

一発ブームでメジャーになっても、それはバブルなので、第2波動で崩壊する。

長く続けるには、低い角度が大切だ。

長く続けることが、一番難しく、そして大切なことだ。

いい時期もくれば、悪い時期も来る。
攻めるときもあれば、守り一辺倒もある。

そういうものなので、誰々が良いとか、悪いとかの問題ではない。

ある特定の人を邪魔に感じても、実はそうではない。
自分のやりたいことに、自信を持って、気合を入れて、やり抜くこと。

ある特定の人が、敵ではない。
ある特定の時期には、全員敵になる場合もある。

しかし、それは自分の投げかけたエネルギーの波動の動き。

他人ではなく、自分をしっかり持って、自分にフォーカスして、惑わされないようにしましょう。
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2018年02月16日

心づかい

心のままに、生きていては、ダメ

心は、あなたの一部。

あなたは、心の一部ではない。

あなたが、人生を旅する時に、心は必要。

心が、人生を旅することはないから。

あなたが、人生を旅する時に、心をコントロールしなければいけない。

心のままに、生きては、あなたの人生を旅することはできない。

心は、あなたに、人生に、捧げて、活かすように使う。

心づかいというように、あなたは心を使う。

心にあなたが使われてはいけない。

あなたの人生を旅してください。
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2018年02月13日

かがみ

私のかがみが現実
その現実のかがみが心
心のかがみは感情

神のかがみは宇宙
宇宙のかがみは星
星のかがみは生命

星は空間を作る
球体の表面は無限に一枚の画用紙
自転と公転で時を動かす
星で生まれた、はじめての生命も球体

生命を運ぶ船のかがみは、内臓機能
魚のかがみは生き残ること
哺乳類のかがみは愛情
人間のかがみは科学文明の社会

かがみは、本質を映すが、本質ではない
かがみに惑わされず、反対側の本質を探そう
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2018年01月20日

「今」を犠牲にしないこと

そんなに、「今」をないがしろにして、未来を大事に考えるかな?

何十年先の事を考えて、今から心配するのも、ある程度で止そう。

友人がこの前、セルビアに行ってきたのだが、現地の人がとても優しかったそうだ。
なぜなら、内戦のせいか、数年先どうなっているかわからないので、今出来るだけのことをするからだそうだ。

逆に日本人は、無駄に先のことを考えすぎる。
昔、戦後の荒れた日本では、必死に今を生きていたという時代もあった。

エゴからすれば、時間は、過去→今→未来と流れているように見える。
セルフからすれば、未来→今→過去と流れている。これを俗に言う「運命」というやつだ。

セルフも超えると、今しかない。

エゴの安心のために、未来を大事にし、今を犠牲にしない。過去も捨て去らない。
そういっても、実際に先の不安は消えない。
未来が心配な人は、やたらあれこれ、閉塞感が強く、あまり楽しいそうではない。

人生、自分(エゴ)の思い通りになることなんて少ない。
それでも、いい出会いや何かで、思いがけず、エゴの想定以上に良いこともあったはずだ。

だから、エゴが人生設計を全て完璧にしようとは思わないことだ。
エゴの思いより、セルフからの現実干渉の方が間違いなく強く大きいので、

自分の運命(セルフ)にもっと身を任せて、エゴは自由に楽しく生きましょう。

posted by ほへと at 19:06| Comment(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

どうでもいい

どうでもいい。

こうしなければいけない。
我々は、無意識にそういうルールに縛られている。

そうしてもいいのだが、そうしなくても実は良いかもしれない。

忙しい社会の中で、
こうしなければいけない。
いつもそれを思っていては、
いろいろ疲れるし、本当にしなければいけないことがわからなくなる。

できるだけ、どうでもいいと考えると、いろいろ楽だ。
こうしなければいけない。と思っても、とりあえずということで。

一度、自分の常識や、当たり前、こうしなければいけないことを緩めてみよう。

直面する現実に、このエゴはどう対応するか?
少し他人の感じで、眺めてみよう。

しなければいけないことをさすのではなく、
まぁギリギリまで、エゴの自由にさしてみよう。

こうしなければいけないから、どうでもいいと、
さらには、どうにでもなれと、委ねるのもいいですね。
posted by ほへと at 19:30| Comment(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月07日

肩の力を抜くというのは、

肩の力を抜くというのは、
腕の上、両肩の力を抜くのではない。

言葉としては間違っているのだが、
肩こってる、じゃ、揉んでやろうという場合、
三角筋付近の両肩ではなく、首根っこ付近をマッサージするだろう。

緊張すれば、肩胛骨の上部と後頭部をつなぐ、僧帽筋が緊縮する。
結果、肩が上がるのだ。

緊張、寒さ、痛みを感じると、ここが緊縮する。
緊張や、寒さ、痛みを、抱え込むからだ。

緊張や、寒さ、痛みを、手放そう。

「痛いの痛いの飛んでいけ!」
これは、抱え込んでいる痛みを手放させる呪文。

実は、エゴ側に入り込んだ意識を、現実側に戻しているのだ。

同じように、肩の力を抜く場合も、
意識が、エゴ側に入りすぎていることに気づき、エゴの内ではなく、エゴの外に意識を向けよう。


唯識や量子力学も、私が見るから、その存在はあるという。

それなら、エゴという意識も、誰からに見られているから存在しているのではないか?

それは誰?

エゴが感じる緊張や、寒さ、痛みを、その誰かさんに見せれば、それは緩んでいく。
posted by ほへと at 20:24| Comment(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月22日

冬至(20171222)

冬至ですね。ゆず買ってきました。風呂に入れるか酒にいれるか。

冬至の日にゆず風呂に入ると、風邪を引か無くなるそうだが、
今、風引いている人も多いようだ。

ほへとはなんとか風邪を引いていないが、いかんせん忘年会で飲み過ぎだな、この前の千本会も後半記憶飛んでる。

そうそう、風邪を引きやすく、喉を痛めやすい人は確認してください。

手を暖めるように、「ほぉ〜」と息を吐くのと、
熱いものを冷ますように、「ふぅっー」と息を吐くのと、

あなたは、どういう声の出し方をしてますか?
「ふぅっー」という冷たい息を出すように喋っていると、喉を冷やしてしまいますよ。

「ほぉ〜」っと温かい息を出すように話してください。

あと、人の悪口、陰口は、風邪引く元なので気をつけてください。

posted by ほへと at 20:29| Comment(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

エゴが描く絵とセルフが描く絵

エゴはなんの為にあるのか、エゴからはわからないようにできている。
精神が高くなり、意識が上がり、自己に目覚めるというか、
本当の自分を自覚することになれば、

エゴと身体と現実世界の差は少なく、一つのものとしてもみることができる。

セルフという、本当の自分を、この世界に出現させる、存在させる、そのためのエゴであり、身体なのだ。
セルフの絵を描くことが重要なのだ。
セルフの絵を描くことが、自分らしく生きる事。

とは言っても、エゴも描きたい絵があるものだ。

この前鑑定で、ある人が、ようやく仕事が安定してきて、これで一生安泰だと思った瞬間、その土地から引っ越しすることになったそうだ。

ほへとが「これで将来安泰や」と思った瞬間、それはぶち壊されるで、と言った。
その人は驚きながら、そういえば、以前も資格をとって一生続けられると思った仕事を病気で辞めることになったと。

要するに、エゴが描こうとする絵と、セルフが描こうとする絵が違えば、
強い方が勝つ。
要するに、運命強い人、神様に愛されている人ほど、エゴの思う絵は描けないということ。
心を何度も折られるということです。

逆に、自分の思い通りになっている人は、よほどエゴが強いか、セルフが弱いか、エゴとセルフの絵が一致しているということ。

エゴは先のことを心配しすぎるが、どんなことをしても将来の心配は消えないので、いいところで心配しない。
それより、今やれることをやりましょう。

今という場所から、未来を見るのではなく、
未来から、今という場所を見るイメージをしましょう。

エゴが描く絵とセルフが描く絵の違いです。
posted by ほへと at 22:07| Comment(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月12日

掃除などの言葉のイメージについて

掃除が苦手な人はいるが、
そもそも「掃除」という言葉にネガティブな意味付けをしているのかもしれない。

「キレイする」、単にそれでいいのに。

掃除を嫌いな人はいても、キレイなものを嫌いな人はいて?(ララァ風)

要するに、「掃除」に邪魔臭さ、汚れたものとの関わり、労働などのイメージを持たない。
キレイになったトイレや部屋など、そっちだけをイメージする。
掃除しなきゃと、掃除しているところをイメージしない。

キレイだけをイメージできたら、あとは無心でキレイにしていくだけです。
このときにあまり時間など決めずに、とはいえ、ダラダラではなく、ある程度、集中することが大切。
こうしないダメとか、手際や効率を追求しないように。

また、逆に「掃除」にネガティブなイメージがこびりついているなら。
何か悪いこと?をしたときに、懺悔の気持ちで、掃除するのも良いのかもしれない。
とても悪いことをしたら、大掃除だな。(許されるかは不明だが)

同じように、「仕事」に関しても、あれこれ考えずに、シンプルにお金を儲けるためと割り切るのも精神的に良い。
鑑定していて思うのに、仕事にこだわりすぎだ。
まぁ、言葉の問題だが、「仕事」ではなく、「働く」という言葉のほうが好きだ。

イメージとして、「仕事」は、お金を欲しているような、社会→自分という感じ。
「はたらく」は、自分→社会という、主体が自分な感じがする。
まぁ人によって違うから、ほへとの感じです。

また、掃除という作業は、肉体労働である。
なので、ボディワークの一部と考えたり、同時につま先立ちなど何らかのボディワークを一緒にする工夫もおもしろい。

デスクワークや、またはテレビの前でゴロゴロしている人が、いきなり掃除モードには移行はできない。
それは身体が温まってないからだ。
先も言ったが、肉体労働である。
仕事帰りは辛いが、買い物帰り、散歩帰りなど、ある程度歩いて身体が温まっている、
この状態を無駄にせずに掃除に生かそう。
posted by ほへと at 14:20| Comment(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月02日

自分らしく生きる。

私らしく生きる。
自分らしく生きる。

言葉は簡単だが、常に問う。
「私」や「自分」とは?
「生きる」とは?

100%自分を生きる。
それを道元のいう、「全機現」のことだと気づいた。

それは、(ほへと)数秘11の境地。タロット#11「力」
まさにセルフのことだ。

心というエゴは、無にしないといけない。
心から、エゴから、欲した、自分や私は内であり、外からは見えない。
自分や私が影響したものが、本当の私。
本当の私は、外に居るのだ。

100%、外に現す。
それは、姿形ではなく、行動した影響力やエネルギー。

それが私という働きだ。
働き=生きるということだ。

posted by ほへと at 20:13| Comment(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

般若

「般若」とは、般若心経の般若で、それは人間レベルでは到底理解の及ばない「智慧(ちえ)」のことだ。

が、一般的には、「般若の面」として、「嫉妬に狂った女が鬼に変じたもの」というある意味真逆とも言える意味で理解されている。
WIKIによれば、「『源氏物語』の葵の上が六条御息所の嫉妬心に悩まされ、その生怨霊にとりつかれた時、般若経を読んで御修法(みずほう)を行い怨霊を退治したから、般若が面の名になったともいわれる。」

絶対的真理である智慧が、生命を生み、生命は生き物に進化し、適応と淘汰という、壮大な試行錯誤の知性の果に、心を手に入れる。
心は、感情を生み、愛情は嫉妬や憎しみに化し、それをコントロールできなければ、鬼(霊)に落ちる。
人が亡くなってても、その強く低い感情の波動は、霊として、アストラル界に、または憑依することにより、現実界に現象化する。
まぁ、それまさに「般若の面」だな。

「般若波羅蜜多時」
般若心経の冒頭、「觀自在菩薩。行深般若波羅蜜多時」というのがある。

観音様が、まさか悟りを求めての修行中だったというにも驚いたが、人間の上位クラスである、菩薩レベルが慈愛で人間クラスをサポートするという修行し、そして悟り、智慧を得る。
「照見五蘊皆空。度一切苦厄。」
人間クラスは「空」であり、苦しみなどは一切ないことを見つけたと続く。

一度発した感情は、やがては薄れて消えていく。
それを、消さないためには、何度も思い出す。
それが、相手に向かうのが、「恨み」であり、穴を2つ掘り。
それを、悔しさとして、自分に向かわせば、成長のエネルギー源となる。

さて、我々人間レベルが、菩薩クラスに向かうには?

般若←菩薩→人間
  菩薩←人間→般若の面

という対比は面白いかなと思う。
「照見怨霊皆空。度一切嫉妬。」
posted by ほへと at 17:19| Comment(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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