2015年11月02日

対人関係と主体性

よく、対人関係を外交問題と例えて話すのだけど、

国対国なら、互いの文化や価値観が違います。
しかし、同じ社会に住んでいると、自分の考えと相手の考えをごっちゃにしてしまいます。
だから、何かあると、あの人は、何々が常識ない、私は正しいでしょ?となる。
また、やたら回りの人に、同意を求めたりしがちです。
「あの人が悪い、あの上司がおかしい」など。

相手と自分は実は、全然文化も価値観も違うものです。
しかし、そういう人と関係を持つことでメリットが有るわけですね。
もし、一方的に、メリットが無かったり、デメリットばかりの属国のような扱いなら、対等な対人関係ではないわけですね。

よく、ほへとがアドバイスするのに、自由に自分の感情で決めたらいいやん。
しかし、決めるときは、自分の責任です。

相手や、回りから言われたなど、ではありません。

自分で、自分の判断で、決められるか?

また、判断を無理に思考的、弁護的に考える必要ありません。
自己弁護は、自分を被害者にしてしまい、自分の主体性を失ってしまいます。自分を失います。
無理に理由づけして、自分の正当性を示しても、そんなのは本当はどうでもいいです。

自分の感情に聞いて、、相手と自分との関係がマイナスなら、関係をやめたらいいのです。
多少問題があっても、関係をやめるほうが、マイナスになるなら、関係を続けたらいいだけです。

そう感情に聞いて、我慢できるなら、文句言わずに。
我慢できないなら、自分が主体性を持って、判断して下さい。

対人関係の下手な人は、主体性のない人が多いです。
単に、人間関係の輪や、何かのグループに属していれば安心するというだけでなく、
しっかり主体性を持って、人間関係を作っていきましょう。
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2015年10月29日

文章

文章というのは難しいですね。
(人が)分かり易く解釈してまとめられるとまったく違うものになる。
その点、「詩」というのは、素晴らしいですね。
文章も、詩のような文章が理想です。

抽象的なものを、文章に表すとき、分かり易く具体的に書きすぎると、大事なポイントが消える。
できるだけ、抽象的に書いて、解釈は、読み手のレベルに委ねる。そういう書き方が好きだな。
実際そういう書き方だ。

どこかに、その人のレベルで解釈できる余地を残す。

それが、何度でも読める、読む価値のある文章や書籍だと思う。

狭いターゲットに絞った文章は立ち読みや、読めば捨てられる。

とはいえ、ほへとの文章は全然むちゃくちゃで、具体的なようで詩的なので、
意外と昔の記事を読めば、新たな発見があるかもしれません。
(まず、誤字脱字直せよ)
posted by ほへと at 22:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月23日

マンションの傾斜問題

横浜の大手のマンションが傾き、杭打ちの不正が明るみになった事件だが、まったく洒落にならない事態だと思う。

10年ほど前のマンションらしいけど、大体それくらいからのマンションはコスト削減が激しく(無論前からだがさらに)、知り合いのマンション施工の現場監督が食っていけないと辞めたくらいだ。

それにしても、渦中の杭打ちの工事の現場監督の「名前」などが明らかにならないので、現場監督とはどういう人間だ??と怒りの矛先がそちらに向かいがちだが、

知り合いの建築関係の友人は、「現場監督が悪いという空気を意図的に作り出している。トカゲのシッポ切り。」
「会社の体質を隠蔽しようとする大手のよくあるパターン。」と語っていました。

そういえば、いつの間にか、三井という名前が消えて、旭化成建材が中心になってるな。

今回は、ちゃんと杭打ちの不正が見つかって本当に良かったともいます。
それでも、住民説明会での業者側の、いい加減さや悪意は許せるものではありません。

もし、今のマンションで傾きや問題が見つかった場合の業者の決めセリフは、
「騒いで表に出れば資産価値が下がりますよ。」とのこと。


風水鑑定では、ある程度の経験で、ヤバさ度数を考慮しますが、完全に見破れるわけではありません。
経験上、良い家やマンションは、一見地味だが堅実でシンプルなレイアウトだ。
逆に、一見キレイで、若奥さんが気に入るような、目先の装飾やデザインなどを見ると、逆に疑ったりします。
デザイナーズマンションは勧めない。風水の考えとは真逆のものもある。
無駄に売り文句が多いや大げさは気をつけましょう。

現在の建築基準法では、5年間以内の生じた問題は施工主だが、それ以降は購入した本人の問題となる。
だから、言い方悪いが、5年持てばいい物件を作ってしまう。
また、傾くなどすれば、近辺で起こった地震のせいにして裁判に勝ってしまえという話もある。
それよりも、まず完成後の「売れる」ことが重要。(その点賃貸物件はそれでは困る、入れ替わるので)

ほへとは、基本賃貸を勧めている理由としてそういう偽装や手抜きのリスクも有る。
特に日本はヨーロッパ、海外に比べて、家の耐久年数が低いのも気になります。
さらに、買って売った時の資産価値も。

だから家や分譲マンションは買うなとはいいませんが、
マンション買ったのは、将来の不安から、安心を買ったという人もいます。
しかし。それでもリスクが消えることはないと考えて下さい。

そして、家やマンションは大事ですが、一番大事でもないということも忘れずに。
posted by ほへと at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月02日

「信」ではなく、「理」だからだ。

悪い風水で起こる事は、半端な神頼みでは防げない。 風水は「信」ではなく、「理」だからだ。

数秘術はもちろん、方位や風水、占いには、理論、理屈、アルゴリズムというのがある。
決して、信仰ではいけない。
占いが当たるのも、外れるのも、八卦ではなく、考え方が正しいか間違っているかが大きいと考えている。


すごく悪い風水に住む人がいて、引っ越しを強く勧めた。
結局引っ越ししなかったが、もしこういう事態が起これば、風水の原因だろうし、その時は家族のことを考えて必ず引っ越するよう忠告した。

結局、当たって欲しくない事態は起こった。
残念なのは、これを信仰心が足りなかったや、違う神様を詣ってしまったからと回りから言われて宗教問題ということにされてしまった。

決めるのは本人達だし、それはそれでいい。言うことはちゃんと伝えたから。
それでも、信仰というのは、時にやっかいだ。

風水という「理論」を宗教と同じ「信仰」という、どっちを信じるのだ?という土俵で捉えられるからだ。

よって、アドバイスを聞き入れてもらえなかったのは、残念で力不足である。


ほへとは、占いは宗教ではないと考えている。「ほへと占い」はだな。

困ったときだけ、すがる藁を、いくらハシゴしても、迷いが増えるか、真実が見えなくなる。
肥田春充の話で、病人を看病する人は、ひとりが望ましい。複数いれば、気疲れし、病人の回復が遅れたり悪化する。というのがある。

結構、信仰をもっているけど、困れば占い師をハシゴする人は多い。
あの有名な占い師さんが、ほへとと同じ様なことを言っていた。とわざわざ報告は失礼と思いつつ、常に占いは信仰であってはいけないと思う。
まして多数決が正しいでもないだろう。


今日も、方位マネージャーの質問があった。的中率をオーバーな話で信じさせることはしない。
経験で分かっていく。まずは距離・時間を短めで試していくこと。
自分の経験なら、「信じる」必要はない。

無料数秘占いや書籍で、「当たっていた」と鑑定を頼まれるなら、経験上の話だけど、
口コミや紹介、まぁはじめての人は、「信じる」という要素が入ってくるのは仕方ない。


占いを研究することは、見えない世界の構造を探求すること。
研究は、ゆっくりでも進んで行かないといけない。
過去の教えを、守り、信仰するものではない。
それは伝統的な占いでもと思う。

まぁ、そんなストイックな感じで、占い等を研究している。
だから、「信じる」という要素は必要かもしれないが、「信仰」という要素は要らない。
占いは「理」であるからだ。
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2015年09月28日

神話/うさぎ (再投稿?)

遠い昔のお話を語りましょう
お月様、この星とひとつだった頃の
そこは、何にもない
だけど、何かがすんでいた

それは不思議なウサギ達
青く輝く、見えないウサギ
耳を立てて聞き入っている
聞こえない、この星の歌を
時間を大切に


ある日、天地が分かれた、その衝撃で
地球が欠けて、それがお月様になった
海と山が生まれ
時と空も回り始めた

やがて、ウサギは海と山に
散らばって、命の源になった
体を大切に


よく、ここまで、やってこれたものです
とにかく、遥か、長い道のりでした
何が好きですか?
それをよく知ってますか?

何か分かればそういう事です
それがあなたを動かしている力
見つけ出すのに苦労はしました?
もし、よければ話して下さい

青く澄んだ月の夜に
長い耳を立てて聞いてます
言葉を大切に
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2015年09月15日

ステージと生命の進化と男女差

近年の脳科学でも、男女差を言っているが、

男性は、もともと愛情が希薄な気がする。無論人によりと言えば話は終わるが、、
そこで、思うのは、男性は、母親や、恋人などから、愛情や感情を学ぶのだと思う。
女性は、愛情を持って生まれてくる。その愛情が真っ直ぐに育つのか、歪むかはあるとは思う。

その辺りは、ステージ3、ステージ4の生命の進化に原因がありそうだ。
と、勝手に思いついたことを書いていく、無論話半分で読んでね。


男は、ステージ3の潜在意識の影響を受けている。
生命の進化においては、ステージ3は、脊椎動物が目を獲得する辺りから、哺乳類への進化手前までと考えている。

甲殻類の目と違い、脊椎動物の目は、皮膚ではなく、神経から発生する。
甲殻類では、ぼんやりと見える映像は、脊椎動物が進化で獲得した目は、非常に高度で、かつ脳と直結している。

生命の進化は、自然淘汰、大いなる実験、生き残ったものが正義。負ければ歴史から消える。
生き残り、歴史に名を刻んだのは、全て優れた作品と言える。
生命の進化とは、アルゴリズム、「智」そのものなのだ。


人間が、ステージ2でアイデアを練り、試行錯誤で、ステージ1の車やコンピュータを進化させていく。高性能がいいわけではない、高ければ売れない。バランスが大切。
同じように、ステージ3での進化は、その上の、ステージ4集合意識の「智」の結果というわけだ。

故に、男性的な思考は、勝たなければいけない。それがベースとなり、人より収入がどうだ、また見るということにとらわれる点も、男の性(さが)というものだ。男の性もそう云う点では、顕在的な意識(愛情)だけでなく、潜在的な意識(本能)が必要だ。

男性はステージ3の「情」は無く、「非情」な世界の影響を受けている。


女性は、ステージ2の影響を受けている。
ステージ2とは、心の世界だが、生命の進化において、哺乳類の誕生から、人(ホモ・サピエンス)までと考えている。

哺乳類の大きな特徴として、母乳と胎盤というのがある。どちらも女性なのだ。
卵ではなく、妊娠というお腹の中で赤ちゃんまで育て、生まれた赤ちゃんを母乳でさらに育てる。
愛情は、そのとき生まれたそうだ。
男性の視覚より、触覚などの感覚が優位になるのもうなずける。


女性が赤ちゃんを失った時の喪失感は、男性が簡単に同情できるレベルではないと思う。

そういう意味では男性はステージ3の魚などの卵産みっぱなしの要素が否定出来ない(笑)。
故に男は命の重さを軽く見る傾向があるのではないか?
女性は、命の重さを、男性より本能的に知っているだからだろう。
女性は、勝つことより、幸せを願う。
そして自身の幸せも願う。

その幸せが、男の幸せとは違うので互いに理解することが大切。だろうなと思う。

そして感情だけでは、愛情だけでは、幸せにならない。
男性的な、「智」というのは、やはり生き残るために必要なものだ

義と仁だな。

その男の極、女の極がステージ1でうまく統合されることが意味があると思う。


生命の進化とステージ
ステージ5 星意識、DNA〜細胞の誕生
ステージ4 集合意識、有性生殖、自分固有のDNA、個と集合意識。
ステージ3 潜在意識 脊椎動物〜哺乳類まで、生き残る生命体は「智」そのもの。
ステージ2 心 哺乳類〜人類まで、母乳、胎盤、愛情、感情の獲得。
ステージ1 現実 人類の手とエゴによって作られる。文明、科学。
posted by ほへと at 19:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月08日

現代文明、遥か長い道のりの果て。

エゴ意識が作り出した文明によって、エゴ意識は支配されている。
それは決して、自然や動物的本能というものではない力。

本来、水から上がった、爬虫類、哺乳類の進化の過程で、我が子を守ろうとした意識が愛情を生み出し。
世代交代で獲得する順応性を、知性によって獲得した。
それらが、エゴ意識=心となり、心は、過剰な欲望により多くの問題や争いと平和の願いを引き起こす。

親や先祖から、私達はエゴの欲望を継承している。
時代において、幸せや、苦しみや、争いも、善や悪も。
それはアカシックレコード、集合意識の記憶センターに保存されるだろう。

人類は、エゴは死を恐れた。
この世界を失う事を恐れた。恐れは、それを潜在意識で引き寄せてしまう。
死を隠蔽し、同時に、真の生きる意味も、社会性や常識というもので隠蔽していく。

人類が作った、社会という名のゲームの中で、うまく適応できたものは、この社会でいう「幸せ」を得る。
適応出来なかったものは、「苦労」する。

今の社会は、生命歴史の果ての、エゴの妄想を積み上げたバベルの塔だ。まさしく、タロット16「塔」。

今の社会での価値は、エゴ意識が作り出したもの。
ステージ1,2レベルしか見えていない。
それで本当に幸せなのか?疑問は無いのか?自分の中心に尋ねてみる。

私たちは、人間である前に、動物であり、魚(脊椎動物)であり、有性生殖であり、最初はたった一つの細胞だったのだ。
しかしその事は、母親の子宮の中に、全て置いてきてしまったのだろうか。

さらには、現代文明という、コンピュータという人類が生みだした、エゴ生命体。
ひとつの細胞から人類までDNAは継承されているが、それを継承していない、生命ではないもの。それがコンピューターであり、ゲームの世界だ。

何の為に生きているのか?
それを、今の社会の中だけで考えてはいけない。
むしろ、今の社会を、一度消滅させて、大切な事を思い出してみよう。

「私」にとって大事なものとは?

遙か長い道のりの果て。
それと、遙か長い道のりの始まりを繋げよう。

その始まりにとっても価値のある、意味のある社会を作らなければいけない。
あなたの生命がより輝くために。
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2015年08月14日

ちょっとブルーな出来事

※問題発言もあるので注意、嫌と感じたらスルーして下さい。

◯ムウェイに誘われた。_| ̄|○

誤解してるとか、1年で年収200万は絶対行くとか、、

20代で年収4000万になったとか、、

まったく興味ないです。
その情報聞かないでも、きっと後で、後悔しないので、、

「年収が4000万になったらまた連絡下さい。」とだけ送った。

最後には、ほへとがもっと理論的で、本質で物事を判断する人だと思っていたとか言われた。ヒドイな。


人脈、縁が一番大切だと思う。

人はひとりでは生きていない。
大勢が、自分のために動いてくれている。
また、自分も無意識に他人のために動いている。
時には、ポジティブに、時にはネガティブに。

その人を失うことは、自分のために動いてくれる人を失い。
また、その人のために動く機会を失う。

ヤバイとこほど、精神論を自分のビジネスの都合の良いふうに利用する。
成功や成長、精神や意識などの言葉が氾濫する。
また利用されているのに気づくだろう。

どちらかというと、ビジネスでなく、プライベートば人間関係でしか、本質的な成長はない。


この前も、ある人から、「赤旗」読んでと迫られた。

ほへとなら影響力があるからと、、、(汗)

安保反対の理由が、「賛成派は真っ先に戦地行け」、「子供を戦争に行かすな」「安倍に反対」というのでは、とても議論にならない。
そんな理由が反対者の多くなら、逆にそれに反対しないと怖いなと感じた。

ほへと、各々個人が、ちゃんとしっかり、高い意識で考えて、答えを出したならそれでいいと思う。
ほへとの役割は、どっちかの考えに導くのではなく、良い考えに辿り着くように、その人の意識をあげる手伝いすることと言った。

また、違う考え方の人同士が、話して仲良くならないと、とも、そういう場が大切で、
同じ考えの人とばっかり集まっていいるのは、精神的ではない。


宗教に関しても、ある宗教の施設に行った。
故友人をしのびに。
施設に入れば、いきなり他宗教をその宗教に改宗さすことが、大事と掲げられて、
改宗人数、どこどこ地域は何名みたいな、営業成績のようなグラフがあった。

そんなことより、なぜこの宗教は友人を救えなかったのか。
徳が無かったのか?

宗教は信者で生かされている。
逆だろ。
posted by ほへと at 20:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月02日

それで、占っても仕方ないです。

可能性を占っても仕方がない。
逆に、可能性が高かったら動く、低かったら動かない?
まぁそれでもいいけど、
単に興味で、どうなるんやろ、どうなるんやろ?って、
それで、占っても仕方ないです。

流されているだけだから、そういう考えになる。

何もせず、どうなっていくかが心配なら、何かが起こる前に、何かしよ。

親やローカル地域を言い訳にして、
いつカゴから抜け出せるか占ってもね。

目指す方向を一点決める。

どうするねん、何をする?
それをしっかり考えぬいて、決断して、行動する。
自力で少しづつでも進まないと。
運命と戦わないと。

そういう意味では、「怒り」などの感情を利用するのも手だ。

人は運命を受け入れることもできる(ディセント)
人は運命を切り開くこともできる(クライム)

占いは、前者ではない、後者のためにある。

posted by ほへと at 11:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月01日

16年ぶりに

16年ぶりに金星と木星が7月1日に再接近したそうです。

今日は残念ながら見ることはできませんでしたが、何日か前からはこの明るい2つの光には気づいていました。

16年前って、1999年なのですね。それがびっくりした。

ノストラダムか、マルハゲドンか言ってた頃ですね。

今年は、2015年、波動年8の最も力のある年。
それも半分過ぎました。

ギリシャや中国をはじめ、国際情勢や、地震や火山といった、天災など、いろいろ心配事は有りますが、

大切なことは、しっかり自分自身が自信を持つことである。

人間、ダメなときはダメ。

ダメな目標を作らずに、それにフォーカスせずに、
良い状況の目標に進みましょう。

そういえば、満月か。
posted by ほへと at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月06日

「おかげさまで」とセルフなど

セルフというのは、人間の本質である。ステージ3にある。
エゴはその下次元に位置する。ステージ2である。
セルフの上位は集合意識であり、ステージ4にある。

「おかげさまで」という言葉は、いろいろな意味の要素があると思いますが、

うまく行ったのは、自分以外の、回りの力があったからです。
というよりは、
うまく行ったのは、自分を含めた、多くの人のチームプレイの勝利です。
という感じかな。
自分と周りの人の壁が無いのである。

難しく言えば、自分が所属している、集合意識である上位次元を意識している言葉といえば、言い過ぎだろうか?

逆に、誰かのせいで失敗した。は。
自分以外の誰かの力によって失敗したという、
エゴ的な分離ロジックですね。


現代の多くの人は、心であるエゴが自分自身と思い込んでいる。
そして、現代の宗教も、そのエゴにピントを合わせ、そこの問題解決に重点が置かれてはいないだろうか?
それだけでは、本来の人の救済からは、離れていると考えている。

まぁ、いろいろな宗教があります。

仏教の基本は、人は苦であるものだという。
それは、人=エゴなら、十分理解できる。

本来の宗教は、自分自身をエゴからセルフへ位置を上げることも目指し、さらに上位ステージの境地を悟ろうとするものだと思いたい。

例えば、神を祈るのも、本来の自分自身の位置に戻すためのものだと思う。
posted by ほへと at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月05日

夢、夢占いと本当の自分など

夢占い
ほへとは、いつも枕元には、夢占いの本が3冊置いてある。分厚い辞典のようなのが2冊だ。

ほへとは、予知夢のようなものは見ないが、
夢占いで十分これからのことは予知できる。

実は、これは夢の中だけではない。
ちゃんと夢占いを理解できれば、それはそのまま現実に応用できる。
当たり前の日常に、ふと現れるシグナルから、これから起こることを予知することができる。
夢占いの応用だ。
ということは、この現実とは一体??と謎はあるが、

そもそも、予知ができるということはどうゆうことなのか?

それは、潜在意識での自分が、既に起こったことを知っているということだろう。と考えている。

潜在意識での自分は、簡単にいえばステージ3「潜在」、5次元に位置する。
本来の「人」としての本質はここだと言っている。「名」の自分だ。
「潜在」とは「セルフ」のことだ。

それに対して、ステージ2「心」は生年月日の数秘のエゴである。
ステージ2「心」は、ステージ1「現実」に干渉するためのものだが、

睡眠時は、基本身体は自由に動かず寝ているので、ステージ1「現実」に干渉もできず、
眠っているので「心」も意識を失っている。

この時に、本質的な自分である。ステージ3「潜在」に意識が移行していると考えている。
ステージ3は、身体や心の制限も受けずに、かなりの高く広い意識であると思う。
少なくとも、時間の概念が、エゴの「今」を超えているので、
すでに、これから起こることも知っている。

睡眠時、エゴ意識が、ステージ3「潜在」に意識が移行し、またエゴ意識に戻るときに、
すなわち、戻るときに5次元から4次元に次元降下するので、そのままの情報は持ち帰れないので、
それをエゴが理解できる形で、解釈、再コンパイル(翻訳)する。

夢とは何なのか?
潜在意識である、本当の自分が見ているものを、エゴが思い出している。
おそらく夢とはそういうものではないかと考えている。

ただし、ここで、少し気になることがある。
それは、自分だけでなく、親しい友人や、身内の状態を、夢で予知できるという点だ。

自分と関わりのある人は、ステージ4「集合」(6次元)にて、統合されているので、実は、ステージ3ではなく、ステージ4辺りまで行っちゃってるのか、単に、自分以外のことも、結局、自分がいずれ知るので、自分の予知範囲なのか、、

夢には、明らかに、階層があり、通常の夢、奥深い強烈な夢がある。

奥深い強烈な夢は、何となく、ステージ3レベルではなく、ステージ4の気もする。
なので、多分、ステージ4「集合」までいけば、自分以外の事もわかると思われる。
まぁ、この場合は特定の誰それではなく、家族やグループに起こることくらいに考えています。

あと、気づいたのは、こっちの時間で、毎日何かが起こるわけではない。
イベントはたまに起こる。予知夢はそのイベント前に見るものだ。
だから、いつもいつも予知夢を見る必要はない。

例えば、3次元の現実的にはそうそうイベントは起こらない。
しかし、4次元の心は、イベントばかり集めているので、思い出すことはイベントだらけだ。
そんな意味では、予知夢の元の、5次元の、本当の自分は、さらに強烈な出来事の集合で出来ていると思っている。
強烈な出来事が起こる意味は?それはきっと「智」である気づきを起こさせる為、強烈な出来事は、人としての成長とイコールなのだろう。

現実という物質や物が存在し、時間のある世界。=ステージ1 現実 物→事
現実で起こった、事が集合した世界。=ステージ2 心→智
エゴの世界で気づいた、智が集合した世界。=ステージ3 潜在 セルフ=智の集合であり、成長と関係。

日頃から夢は思い出すようにしてくださいね。
posted by ほへと at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月11日

日本の国旗

ふとタクシーに国旗がなびていた。
タクシーでも、国旗、日の丸が付けて走るタクシーと、付けていないタクシーがある。

日本人でも、国旗を嫌いな人がいる。

日本の国旗というのは、四角の白に中央赤の円に示されている。

色の三原色は赤、緑、青であるが、
白は赤、緑、青の3色を合わせたものだ。

日本の良いと思うところは、オセロのように文化が、塗り替えるのではなく、合わせていく、積層していく部分ではないか。

日本には主に3つの文化が積層している。
1つ目は、土着信仰をまとめた神道、八百万の神、ありのままさ。自然さ。
2つ目は、仏教という、発達してきたエゴをコントロールする技術。
3つ目は、キリスト教圏の西洋文明という、科学と個人主義。

ちなみに、この3つの間には丁度1260年というスパンがある。

紀元前660年2月11日〜古来日本民族の元ができる。
1260年後、西暦600年頃から仏教の影響が出てくる。
また1260年後の1860年からキリスト教圏の西洋文明の影響が出てくる。

白が、3つの色を重ねて出来ているように、日本の文化もそうだ。

それでも、真ん中の円は、混ざらない根源の色、赤である。

右のように、国旗を真っ赤にしようとは思わない。
左のように、国旗から赤を奪おうとも思わない。

シンボルとして日本の国旗は、これ以上にないうまく出来ていると思う。
posted by ほへと at 19:55| Comment(1) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月05日

自分と回りのバランス

相手と自分という関係のバランス、
会社や学校など、集団と自分というバランスがある。

各、他人に合わす、会社や学校に合わす、社会に合わす。
それに対して、自分の意見を通す、個性を発揮する。というのがある。

時には、自分を出して攻めてみる。
やり過ぎた時は自分を抑え、相手や集団に合わせる。
そうやって、バランスの過不足を調整する。
これは、絶対的な一点で釣り合うのではなく、
たえず、ヤジロベーの様に揺れ動いているものだ。

この中で、完全にバランスを見失ってしまう場合もある。

個性を出しすぎて、相手に嫌われたり、社会から拒絶されたり。
逆に、自分の個性を抑えすぎて、何も主張もない奴隷状況にある。

苦手な人は、パワーやハウツーな知識では無く、バランス感覚を養おう。
自分と現実の接点をよく見つめて、自分にも向こうにも思惑はあるのだ。

若いうちは、正義や理想が、集団や社会に対して反抗する。
ここで、孤立するのではなく、集団や社会と自分のバランスを見出していかなければいけない。

歳を重ね、いろいろ理解して経験も積んでいくほど、集団や社会に対して、頭は頑固になってくる。
ここも、頑固になっても、回りは合わせてくれるわけもない。
うまく、自分も回りのバランスを取るように知恵を絞ろう。
posted by ほへと at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月01日

植物と身体の中心

植物の中心はどこにあるのだろう。

それは、葉や花ではない。また根っこでも無いだろう。
根と茎の境目であろう。
大根で例えればわかりやすいか。

大根の根と茎の境目を落とせば、もう芽が出ることはない。
逆に、切ったはずの薄い根と茎の境目から芽は出てくる。

中には、切った茎から根が出る強者もいる。
トマト系(ナス科)やバジルなど。

どちらにしても、根と茎の境目となった部分に生命力は宿る感じ。


そうなると、我々の身体の中心はどこだろう?
植物のように、身体の中心は頭(脳)や胸(心臓)、胴体(背骨)、脚足、では無く、

それは下半身と上半身の境目?

そこはどこだろう?

植物が一粒の種から成長するように。

そこは母親の子宮で成長する子供が種か?

丁度、子宮の位置が、植物で云う、根と茎の境目なのか?

ふとそんなことを考えた。

男性には、子宮は無い。
ただ、丹田という、子宮の位置辺りを開発する方法がある。

ライフワークで取り組んでいる。
肥田式強健術や座禅を通じて、なんとなく、その場所は明確となり、
やがて、その球状感覚は、小さくなっていき、突如、丹田の向こう側が見えた(気がした)。
明るく、みずみずしく、暖かい空間だった。
あぁなるほど、ここが中心なのか。生命の中心なのか?という感覚があった。

植物が発芽し、グングン育っていく生命力。
それを、気功でいうところの「気」という。
人体では、「丹田」が「生命力」「気」の出処だというか、当たり前に本当にそうだが、そういう意味だったのだ。

腹に力を入れる。という感覚ではなく、
腹から力が湧いてくる。という感覚。

身体の中心点が分かれば、その点は、縮小ではなく、拡大・伸長する力なのだ。

中心は、生命力の中心なのだ。
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2015年01月26日

なぜ?私だけがこんな不幸な目に、、、

ほへとは、問題の軸をズラすために、あえて、
「なぜ?私だけがこんな不幸な目に合うのか?」という不幸話の実例数々を聞くことはしない。
例えケンカをふっかけることもあっても、同情し慰める気もない。

相手に同情することは、この人はもう可哀そうだ、ダメだと結論付けることだ。
例え、八方塞がりな状況でも、成功の為の必要な経験値上げの途中と思えば、同情することはない。

だから、結果に対して同情することはやむを得ないが、
闇雲に、うまく行っていない人に同情するべきではない。と考えている。

一番大事なのは、自分自身に、自分の生まれや過去に同情しないことだ。大成功した暁(結果)でなければ。
でないと、「なぜ?私だけがこんな不幸な目に合うのか?」という状況を引き寄せる。


実際問題として、こういう状況におちいった場合に、なかなか状況を打開するアドバイスは難しいものだ。

そういう状況から、這い上がった人は気づいているだろうが、事の本質は、本人の問題意識とはまったく別の次元である。

よくある、あの人がいなければうまくいくのにといっても、その人がいなくなっても相変わらずうまくいかないという例だ。

本当にそういう状況から抜け出したいのか?
口では、幸せになりたいと言っているが、本当に幸せになる気があるのか?

人それぞれ、千差万別の状況下になるので、単一にこれとは言い難いが、

・苦しみ悲しみを、考えでごまかすのではない、誰かのせいにして逃げるのではない。本当は、もっともっと苦しく悲しいのかもしれないぞ。今の現状を全身全霊で感じること。(考えるな)

・本当に素直に何を求めているのか感じてみる。くどいが、ちょろちょろ考えずに自分自身の腹の底に聞け。

・求めていることがわかれば、そこに向かうかどうか腹を決める。すなわち決心する。

・以上





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2015年01月06日

言霊ノート(2) 古事記のクラス構造

この前の「世のクラス構造」を勝手に「古事記」的に当てはめてみた。
無論ファンタジーなので、話し半分以下で。

高天原(タカマガハラ){
 ・アメノミナカヌシ
 ・カミムスビ、
 ・タカミムスビ、
 ・ウマシアシカビヒコヂ


宇宙クラス、高天原クラス継承{
・アメノトコタチ


太陽系クラス=星クラス継承{
 ・クニノトコタチ
 ・トヨクモノ
 ・ウイヂニ、スイジニ
 ・ツノグヒ、イクグヒ
 ・オホトノヂ、オホトノベ
 ・オモダル、アヤカシコネ
}

地球クラス、太陽系クラス継承{
 ・イザナギ、イザナミ


人クラス{
 ・アマテラス
 ・スサノオ
 ・ツキヨミ


タカマガハラ→アメノトコタチ(宇宙)
       ↓
       クニノトコタチ(太陽系)→イザナギ・イザナミ(地球)
                ↓
                  アマテラス(人)

↓インスタンス、具体化。逆↑はアブストラクト、抽象化。
→クラス下位移動、←クラス上位移動。


具体的な当てはめ。

アメノトコタチはこの宇宙のこと。
クニノトコタチはこの太陽系のこと。

クニノトコタチ 太陽「あ」
ウイヂニ 水星 「か」 
ツノグヒ 金星 「さ」
オホトノヂ 地球 「た」
オモダル 火星 「な」
ーーーーーーーーーー
アヤカシコネ 木星 「は」
オホトノベ 土星 「ま」
イクグヒ 天王星 「や」
スイジニ 海王星 「ら」
トヨクモノ 冥王星 「わ・ん」

太陽系は陰陽関係となっている。
陽の太陽と、陰の冥王星が対
地球と土星が対

太陽系は「あわ、あん」
地球と土星で「たま」


イザナギ、イザナミは地球の3次元空間を示している。
イザナギが空間(え)・イザナミが時間(う)

人 =五蘊(ごうん){色受想行織}という人の意識本質。
・アマテラス 色受 「あ」
・スサノオ 想行「お」
・ツキヨミ 織 「い」

アマテラスは、現実を見るという意識。
スサノオは、現実を変えるための考えと行動。
ツキヨミは、行動の結果、新たな次の現実が作られてる

単純に、アマテラスは太陽、スサノオは地球、ツキヨミは月というのもある。


ちなみにタロットカードも重ねてみてみると
1-A、1-B、1-C、1-D  魔術師、女教皇、女帝、皇帝
2-A、2-B、2-C、2-D  教皇、恋人、戦車、正義
3-A、3-B、3-C、3-D  隠者、運命の輪、力、吊された男
4-A、4-B、4-C、4-D  死神、節制、悪魔、塔
5-A、5-B、5-C、5-D  星、月、太陽、審判
6-A          世界

ステージの数とオリジンタイプの組み合わせですが、これに対応させると、

ステージ3とは、アマテラスの意識クラス
ステージ4とは、イザナギ・イザナミの地球の時空間クラス
ステージ5とは、クニノトコタチの星・太陽系クラス
ステージ6 アメノトコタチの宇宙クラス

ちなみにステージ2は心の世界の支配、ステージ1は現実世界の支配を表す。

タロットカードの名称を古事記の神名でもできそうですね。(罰当たるわ)

さらについでに言うと、トランプは地球クラスと思っていますが、13枚x4柄+1 
1週間を1カードとすれば、7x13x4+1=365となるのは以前言いましたが、
イザナギ、イザナミの「イザ」は「13」である。
よって、イザナギ、イザナミは人クラスではなく、上の地球クラスとなる。
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2015年01月05日

世のクラス構造

ほへとは、占術を研究するにあたり、世の中を階層分けしている。

その考えの基本的なことに「クラス」という考えがある。
もともと、コンピュータ言語の「オブジェクト指向」という概念から来ている。

例えば、「ほへと」という個人オブジェクトの上には「人」という集合クラスがあり、その上は「哺乳類」、更に上には「動物」、さらに「生物」など、上のクラス構造に行く。

「生物」は、原子から、分子、アミノ酸から、遺伝子をもち、自己複製・増殖する能力を持つ「細胞」が発生する。
そして、単細胞から、多細胞へ、無脊椎から脊椎、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類へ

ダーウィンではないが、地球上で、生命を「人」まで進化させた。これに関しては、結果「人」になったのか、もともと「人」を目指していたのか、もしくは逆にまず「人」有りきで、世界をそこまで進化させてきたのか?

「人」は科学を進歩させていった。
例えば、コンピューターの歴史は、まずはCPUというチップの進化に始まり、コンピュータ、携帯、スマフォと、生物の進化のように自然淘汰&発展だ。
例えば「コンピューター」は、面白いことに、どんどん高性能化していくが、それは一直線ではなく、決して高性能が歴史に選ばれるわけではない。高性能な演算ユニットを載せれば処理能力はアップするがコストや消費電力はアップする。それより、低コストなCPUに、高性能な演算ユニットより、チップ内にメモリ(キャッシュ)を載せたほうが、全体の効率から見れば結果良くなる、しかも安い。これによりCPUの低コスト化が進み、市場を獲得していく。高性能なペンティアム4より、ペンティアムMからCoreシリーズへ、PPC604より廉価版のPPC603がG3系として後の進化を獲得する、しかしコストと性能からCoreに敗北していく。

「生物」を生み出し、育み、試練を与えて、今のその生物の果てに改造されている
(笑)、その「地球」も、原子1個より遥かに小さい点から「宇宙」が誕生し、膨張する空間の中で、冷えゆくなかで、チリが集まり星が生まれていく。

ではこの世のクラス構造をまとめていく。
大雑把に書いているが、クラスも無限にある。生物クラスの下位には「犬クラス」も「キジクラス」も「恐竜クラス」もある。

↓インスタンス、具体化。逆↑はアブストラクト、抽象化。
→クラス下位移動、←クラス上位移動。

宇宙クラス
   星クラス 
      生物クラス 
 科学クラス

宇宙→星
   ↓
   地球→生物
       ↓
      人間→科学

「生物」への進化レベル
原子→細胞→生物
       
無限は上位クラスの1である。

無限の科学=「人間」とイコールである。
無限の生物=「地球」とイコールである。
無限の星=「宇宙」とイコールである。

例えば、見上げる月は、宇宙クラスが生み出した、星クラス。
街路樹は、地球クラスが生み出した、生物クラス。
ビルや外灯は人間クラスが生み出した、科学クラス。

よく見る風景でも、複数のクラスが混在している。

同じように、うまく行ったり、トラブったりも、単純な単クラスの問題だけではない。
そこには、複数クラスを見て、原因を探らないといけない。

「風水」においても、いろいろクラスが混在し、風水の流派や鑑定師がどこを重要視し、どこを切り捨てるかで、鑑定結果は変わってくる。

ほへと数秘術をはじめ、各占いを、クラス分け概念を取り入れている。

また、そういうクラスを明確に分けることで、世の構造が見えてくる。
posted by ほへと at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月15日

人前でアガる。

人前でアガるのは、現実を気にしなければいけない力が、現実に向かず、逆に自分に向かってしまった状態といえる。

目の前の100人を楽しませよう、伝えようなどと思えばよいが、

アガる状態とは、目の前に100人いる、私はうまく話せるだろうか?
私頑張れ!緊張するな!
という状態。

自分自身が「見る」という力が、自分自身が「見られる」という力に負けているとも言える。


アガらないために。

まず、アガっている状態は、姿勢が崩れている。
アガるとは重心が上がっているのだ。

簡単にいえば、姿勢を正し、姿勢を正すとは背骨を曲げず反らさず、上体はリラックスし、下体を安定させる。

リラックスとは、感じることです。
身体の状態を感じようとすれば、緊張していては感じられません。
力こぶをマックスでカチカチにしていては、手のひらの上のイチゴの重さはわかりません。

回りの人々を感じながら、顔を見るのが怖ければ、どんな服装が多いのか、どんな色彩が多いのか等を観察しながら、ゆっくりと、自分が見ているという感覚に慣れていって下さい。

下体を安定させるとは、地に足をつけて、重心を安定させ、体重を地に委ねることです。

大体、アガっている状態をマンガで描けば、のけ反ってますね。


怒る。
アガっている状態に近いのに、怒られている状態があります。

こっちが追い詰めて逆ギレされたとか、相手がヒステリー状態など、こちらが冷静にならなければならない場合は、自然と重心が安定するものですが、

夜中に帰ったら、寝ていると思っていた嫁が、玄関先で正座で待っていた。などの焦る状況は、アガる状態に似ている。

逆にいえば、アガらないための方法として、
相手を怒っていると思う気迫、気合が大事ということ。
決して怒られている側に立たないように。

よく場に臨む時に、気合を入れますが、そういうことですね。


上級テクニックとしては、
視線やプレッシャー、恐怖心を感じたら、それを腹(丹田)に飲み込んで、地中にアースする。
posted by ほへと at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月10日

政治に例える。

衆議院選挙も近づいてきていますが、

対面鑑定で、問題点を指摘する時に、よく「政治」に例えて解決アドバイスする時がある。

政治:国民の安全や財産を守る的なことを「自分」に当てはめて考えてみるということ。

また「政治」という視点で、自分を一国として見て、自分のその考えで、一国を導けば、国は繁栄するのか?滅ぶのか?

実際の自分国は繁栄しているのか?滅亡に瀕しているのか?

例えば、人間関係を外交問題と置き換えれば、なんとなく問題や解決策が見えてくる。
うまくやっていくには、駆け引きが必要。
相手の言いなりでは、国益を損なうね。

同じように、経済問題も、改革や戦略を考える必要も出てくるかも知れない。
また、自分の都合だけでは決められない。
家族、親も子も、友人、社員、嫁も愛人もいれば、高度な政治判断が必要となる。


実際、政治家も国民も「バカ」であると思う。
別に、悲観しているのではない。
もっともっと政治家も国民も賢くならないといけないと思っているからだ。

例えば、ほへとは、心に従うのは、心が弱いからだと考える。
心が強いとは、心の要求を無視できる強さのことだと思う。
逆に、弱さは、エゴをコントロール出来ない、エゴが強い状態。

だから、政治に例えれば、民主主義だからと、国民の意見に従うだけでは、国は滅んでしまう。
今の時代だけではなく、先の事も考えなければいけない。
そういう意味では、自分の立場に近いや、思いを叶えてくれる政治家や政党でいいのか?

だからよく、自分のエゴと、政治家や政党のエゴを見比べて、
民主主義だから、投票先にゆだねて行くしか無い。
posted by ほへと at 16:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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