2013年10月22日

恨まず

感情は共感させる性質がある。
可哀想だと、同情して、自分が悲しい感情に引っ張られないように注意が必要。
逆に、落ち込んだ人をはげましたり、元気を与えることもできる。

感情は、現実とエゴの差によって生まれる。例えば簡単にいえば、
喜びは、現実側からエゴを認めてもらうこと。
怒りは、現実側からエゴを否定されたこと。


怒り
怒りは、エゴの力が現実に反映されてない状態。

ほへとは怒りの感情は大切だと思うし、ネガティブな感情とは思わない。
怒らないといけない所で、怒れない方が、ネガティブではないのか?

怒ること自体。自分には力が無い、どうすることもできないということ。
行き場のないエネルギーということだ。
だが、怒ること自体は、プライドや自信があるから怒れるという一面もある。
ただ、今はそのプライドや自信を現実側に現せてないということだ。

もし、プライドや自信が無いなら、怒りは起こらず、意気消沈する。
正しい道は、プライドや自信を現実化することなのです。


恨みはダメ

怒りを恨みに変えれば、成長することはできない。
憎まない人は成長する。憎んでいる人は成長できない。
なぜなら、憎むエネルギーと成長するエネルギーは本来同一のものだからだ。

成長するには、エゴを抑制し、すなわち我慢し、自分自身の弱さを認めることです。
そうすれば、怒りの感情はが悔しさという感情に変わり、エゴ自体を成長さすエネルギーに変えることができる。
そしてリベンジを誓う。(倍返しだ!)

それに対し、エゴが強く、エゴの弱さを認めなければ、自動的に悪いのは相手となります。
バランスとして、低いエゴレベルに合わせて、現実側を落としめることが恨みとなるということです。
低いレベルに相手を引きずり込むという感じです。

まぁ大抵は、怒りを相手にぶつけ返したり、腹いせに別の相手に向けたり、酒などでうさを晴らすなど、エネルギーを発散解消するが、その場合は自分は何も成長はしない。


よく、宗教などで、恨みやつらみはダメというが、おそらく本来はこういうことかもしれない。
恨んでいる人間は助からないのだ。


(引用)
それでも天を恨まず
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた気仙沼市の中学3年生の答辞の一部です。

3月22日、階上中学校の卒業式
卒業生代表 梶原裕太さんの答辞。


階上中学校といえば「防災教育」といわれ、内外から高く評価され、
十分な訓練もしていた 私たちでした。
しかし、自然の猛威の前には、
人間の力は あまりにも無力で、
私たちから大切なものを 容赦なく奪っていきました。
天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。
つらくて、悔しくてたまりません。
時計の針は 十四時四十六分を指したままです。
でも、時は確実に流れています。
生かされた者として
顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強く、
正しく、たくましく生きていかなければなりません。
命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。
しかし、
苦境にあっても、
天を恨まず、
運命に耐え、
助け合って生きていくことが、
これからの 私たちの使命です。

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2013年10月18日

エゴとセルフの違い

セルフは名前、エゴは生年月日。
数秘は生年月日だけではなく、名前にも当てはめることが出来る。(出し方はちょっと特殊です)

きっかけ
生年月日ゾロ目の人は変わった人が多い。
名前のゾロ目は人生が波乱万丈の人が多い傾向にあった。

このことから、生年月日は性格(エゴ)を出し、名前は、その人の歩む人生傾向を出すということが分かった。

これが分かったときに、
性格(エゴ)か、人生か、どっちが本当の自分?
という疑問が起こった。

今までは、当たり前に性格(エゴ)の方を自分だと思い込んでいたが、、、

ある時、同じ飲み会で撮影された友人の写真を見て驚いた。
全員笑っているのだ。
逆に、その友人は、ほへとの撮った写真ってみんな怒っているようだといった。

その時に、同じ空間を生きているけども、当たり前だけど、人それぞれ、感じ方は違うのだ。
感じ方が違えば、心に映る現実も全員変わってくる。
ということは、その人ではなく、その人の感じた現実の方がよりその人ではないか?

やがてカメラを趣味ではじめてからそれは顕著になっていく。
もし、ごく平凡な日常ならカメラを落とした時に、カメラを無事を心配する。
しかし、海外旅行や結婚式など、貴重なデータが入っている場合は、カメラよりメモリカードの無事を心配する。

カメラ=エゴ、画像データ=人生、という図が明確となっていった。

そう考えた時に、
花というキーワードで画像検索をかけた時に現れる無数の花の映像のように、
神様があなたというキーワードで検索をかけた時にあらわれるのは、あなたのプロフィールや姿形ではなく、あなたの見てきた感じてきた無数の現実(シーン)が表示されるのではないか?

死ぬときに、人生が走馬燈のようにフラッシュバックするという。
死ぬに至って、良い人だったと思われて死にたいか?
良い人生だったと思って死にたいかだ。

必死にちっぽけな安物カメラを守る生き方をしている。

真冬の河原で、夜空の星を眺めていた。
振り返れば、なんとかく、自分がちっぽけに見えた。
いい人生、すばらしいと思える一生を送りたいと思った。
その時に、自分が認められたい、自分が何かしなければいけない、
というエゴ的なものが消えた。

人生というものに委ねることにした。
(NHKプロジェクトX調で)

P1190278.jpg
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2013年10月09日

恋(魔法に掛かる)

「人を好きになって、相手から避けられたり嫌われたりしているんじゃないかと恐ろしくなってきて、失うのが恐くて、全然幸せじゃないのに、その恐怖の強さ故に自分が相手を好きであることを強く意識する段階って何波動目ですか?」
という質問が来た。

それは、波動ではなく、エゴである心を奪われたのだよ。

恋はエゴなんだ。でも愛を実現したいために、焦って、心の中でひとつとなる。

相手に対する依存的同化というやつだ。

通称魔法に掛かった状態と呼ぶ。
早く、魔法を解かないと大変だけど、
まぁそれはそれで、純粋でたのしい時間でもある。

自分の存在理由が相手によって決められる。
相手は裁判官では無いし、自分も罪人ではないのだけどね。そんな関係に陥ってる。
ここはあえて恐怖を楽しみ味わおうってそんな余裕は無いか?

大体、自己中な人が、初恋のような恋をしない限り、相手の立場などまじめに考えないものです。
今まで考え無かった分、良い機会だ。
恋というものは、人を成長させるのだね(笑)

とはいえ、自分を取り戻さなければ、動けずタイミングを逃したり、無駄に玉砕したり、デートで緊張して1%も自分を出せなかったり、暗く重い人と思われるので注意が必要ですね。

また、無いと思うが(笑)、万一しくじっても、嫌いになっても、相手を恨まないようにしましょう。
恨まないためには、しっかり自分が主権をもって恋に臨んで下さい。
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2013年10月07日

現実は生きている

現実というのは3次元の空間で物質世界という設定だけど、本当は違うのですね。

人生には、いろいろな偶然やここに来るように導かれるような出来事が起こる。
先に未来ありきで、その準備のためにいろいろな過去の出来事が起こったのではないかと思う。

それは神様が起こしていると思っていたが。
神様と思っていたのは、本当の自分ではないか?と思うようになった。
それがセルフの概念の始まり。
セルフは最初は神様と思うほどの存在のこと。
残念ながら神様はもっと高く遠くに居られるようだし。

行きたい学校に行けず、絶対分かれたくない人と別れ、入院して退屈なベッドで過ごしたり。
その度エゴは悲惨な目に遭わされて来たと思う。

そんなエゴのことは、セルフはお構いなしなんだな。
本当の自分とは非情なものなのだ。

例えば現実は言われているような3次元ではなく4次元や5次元なら?
まだエゴの意識が低いから3次元以上は見れないので、3次元に変換しているだけだと思う。
アセンションとかは、変換が4次元まで上がる的な、そういうレベルの話ではないかと思っている。

現実をもっとよく見る。そこじゃない!
上辺のエゴの感情に惑わされては真意は見えない。

エゴコントロールの目的は人生を充実させることに他ならない。
エゴの望む人生は、エゴ自体に都合の良い安全な世界。
それを壊すことも、人生、セルフの仕事なのだろう。

エゴを知り、抑え、活かす目的はその辺にある。
いくらエゴが泣き叫んでもスネても、人生は折り込み済み。

まだ見ぬ、イベントがこの先に待っている。
今しなければ行けないことは、今のエゴの中にはない。
エゴが怒られずに、うまく成長できるように、
ヒントは高次の現実側に潜んでいますよ。
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2013年10月02日

死をも乗り越える自分を創ろう(ちょい胡散臭い)

経験上、自分の名前が嫌いな人で、良さげな人はいない。
本名が嫌いなら、自分を示す新たな名を作るのも良い。

まぁ本名を好きに越したことはないが、、
親が付けたとかのレベルで嫌いとかは、もっともっと深く嫌いな理由を考えて下さい。
名は自分を示すもの。

名前に言霊的なパワーは無いわけではないが、そのパワーがあなたを作るのではない。
エゴの自分は作られるもの。名の自分は創っていくもの、
死をも乗り越える自分を創ろう。

死後の世界などあるかないかわからないが、
偉い人によると、肉体が滅んでも精神的な自己は存在し続けるそうだ。

生年月日のエゴは死ねば消滅する。
現実の影としてエゴはあるから。
エゴしか無かった人は、大変なことになるかも知れない。
逆に生きている意味として、しっかりエゴを使い、現実を楽しもう。

もし死後存在し続けるのならば、それは名に示された自己だろうし。
そういう意味で生まれ変わりはないと断言できるのはそこだ。
死後の自分を否定するものだからだ。全然永遠ちゃうやん。

エゴの生まれ変わりはどうでもいい。
多分それは生まれ変わりではなく六道輪廻ちゃうか?
エセ魂というエゴだ。

エゴは消滅する恐怖からこの世に執着し、最もしぶとい感情エネルギー、恨みつらみを補給しながら存在し続けようとする。
それは、幽霊と呼ばれることも稀にあるが、大半は生霊であり、自身を苦しめる。

自分が変わること。それはエゴにとっての死を意味する。新しい環境で新しいエゴに取って代わられる。
だから、それには最大限に抵抗するのである。

恨みつらみというのは、成長(精神)放棄と同意なのだ。

エゴは自分自身の振りをする。

自分と思っているエゴは、外界からの印象によって形成されているものだ。
人に比べて、相対的にこうであると。
それは、あなたがあの人をどう思うか。この社会をどう思うか?という同じ考えでできている。
そういうエゴ的な考えを消滅させて、純粋にこの現実を見た時に、
光とは、自分とは、名とは何だったかを思い出す。

それは遠い未来ではなく、そろそろ気づいていく必要がある。
posted by ほへと at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月21日

現実を変える。

「エゴを成長させるには、現実を変えるしかない。現実を変えるには深い意識(精神力)がいる。」

現実というものを、カッチカチのハードだと思っていると、
自分の力(意志)ではなかなか変えられないし、変えるのにもパワーが要る。

まずは、現実をハードなものだという、意識から柔軟にする必要がある。

エゴ意識が、感情に振り回されないように、もっと深い部分から現実を観察してみよう。
それは、きっと何かエゴにさせたいのかもしれない。

しかしエゴ意識からは、エゴ自身が変わることは拒む。
無駄に感情を荒立てて抵抗する。

親が子供を叱る。
子供は自己否定されたと思い怒る。
現実とエゴはそういう関係に似ている。

いつもいうが、現実のほうが本来の自分なのだ。
エゴは、現実の反映でしかない。

よってエゴからは現実を変えられない。
というか、良い方に変えられない。
むちゃくちゃに掻き回すことはできるかもしれない。
良い方向は、エゴの低い視点と、自己中なバランス感覚では無理ということ。

現実とエゴの温度差が感情だ。
感情を即否定するものではないが、
感情を感情として発するのではなく、
実現するためのエネルギー、集中力の持続、モチベーションの維持、方向修正のバーニア等に使用する。

深い意識から、現実をエゴを重ねて一つに見るように。
深い意識とは、エゴを見つめられる意識。
精神力がいる。
現実をエゴを重ねて一つに見れれば無駄な差異(感情)を抑制できる。

そして深い意識から見れば、現実は、エゴを変えようとしていることに気づくかもしれない。。
深い意識から、エゴを変えることを許可し、変えようとする現実を受け入れる。

そうして、素直に受け入れれば、これもまた感情という抵抗は起こらない。
現実とエゴの差の分、エゴが将来成長するエネルギーに転化できるということ。

エゴがやがて、現実に差が無いくらい成長して、
それから、はじめて現実に働きかけるのだ。
精神によって、心と身体、現実とエゴを統一し、
発揮できる場を呼び寄せ、持てる能力を発揮するのだ。

うまくいけば、きっと、現実は変わる。
現実の変化はやがて、エゴの成長にも反映してくる。

それを繰り返し、深い意識はさらに深く進化する。

ーーーーー
意志:深い意識から
欲:エゴ意識から
深い意識:精神力が必要。
精神力:気力が必要。(気力の源は健康ね)
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2013年09月15日

(現実に対して)スレイブ接続とマスター接続

現実に起こる様々な問題を、
最初から自分には関係無い、自分には解決できないと感じている。
こうなればいいなというレベルの希望や要求はあるとは思うが、

自分が変えていこうと思わなければ、そういうのは単なる愚痴でしかない。

時には、エゴを開放して、酒のんで上司の悪口や、倍返しなどと愚痴もいい。

しかし、四六時中、現実をエゴ主体から見ている状態は、意識が低いのだ。
現実側に、思っていることが、何も反映されない。
単に、思っているだけ。

自分自身の力を失い、現実の従属となる。
(現実に対して)スレイブ接続と呼んでいる。

行動の終着点としての、否定的な感情なのだ。
終着点、結果なので、この感情を何かに利用できるとかはない。
(心底、腹からの怒りなら別だが)

現実と自分のエゴを重ねて見る。
腹の底から、自分の心と、起こっている現実を見つめるのだ。

しっかり具体的な、作戦を立てて実行していく。
そこには、エゴを活かすことは大事だが、決してエゴを勝利さすことが目的ではいけない。
統合的な視点から、エゴと現実のバランスを見極めなければいけない。
自分自身の力を発揮するということは、意志力で現実を変えていくことだ。
(現実に対して)マスター接続と呼んでいる。

そうして、少しづつ、物事をひとつひとつ乗り越えて、解決していかなければ、
エゴの成長や気づきは起こりえないし、自分自身も高まらない。

ーーーーーーーー
エゴ:数秘エゴ、現実を認識する。現実が陽で、エゴは陰である。陰陽統合した先にセルフはある。
現実:目の前の現実が繋がって人生となる。それは人生が走馬灯に流れるごとく、それがセルフでもあるのだ。
スレイブ接続:現実側に責任を与え、意志力は弱まり、エゴは増長し、現実の従属となる。
マスター接続:自身の意志力で、新しい提案を創造し、エゴを活かし、実現していく。成長や気づきが起こる。
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2013年09月04日

異常気象に思う

今日は天候荒れましたね。今日もかな。

台風の影響にしても離れているからと油断していたら、、

新幹線もとまりましたね。
名古屋もひどいことになっているようですね。

京都の上京区でも、夕方かな、
かつて聞いたことのない、巨大な雷鳴が2発鳴りました。
地響きで、建物も震える感じでで、ちょっとビビった。
雨も激しい。

各地で停電も

竜巻、地震もあったな。

それにしても、竜巻の威力ってスゴイですね。
本当に日本でこんなことが起こるとは、十年前には考えられなかった。

皆さん、用心するのは当然ですけど、、

それにしても、近年、さらに、最近の異常気象って、、
まぁ自然に対して、異常というのも、人間の浅はかさな感じはするが、
お前のほうが異常やろ!とツッコミを入れてはみるが、、(人類のことね)

このまま、もし、どんどん異常気象がさらに強くなれば?
今がピークではないだろうし、今後も増えたり巨大になるかもしれない。
おそらくなるだろう。

大きく、自然が荒れるときは、人間の成長が促されているのか?
反省を促されているのか?

そう考えて、どこに住むべきか?何をすべきか?このままでいいのか?
生き方自体も考えてみてはどうでしょうか?
posted by ほへと at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月21日

中枢神経

60兆ともいわれる細胞で構成されている身体である。
そのひとつひとつの細胞は、単体でも独立して生きている。
炭水化物、酸素を取り込み、エネルギーを生み出し。
二酸化炭素と水を排出する。
生きているのだ。
そのために、我々は呼吸し、食事をし、排泄を行う。

60兆もの細胞を生かすために。

その60兆もの細胞は、ひとつの受精卵から始まる。
また、iPS細胞のように、ひとつの細胞からクローンを作る事も可能となる。
60兆ともいえる無限の細胞も、同じひとつのDNAからのコピーである。

細胞に、意識はあるのだろうか?意志や感情はあるのだろうか?
私は全細胞の総意を反映しているのだろうか?
昔利己的な遺伝子という話があったが、細胞とDNAとはどういう関係なのか?

DNAは両親だけではなく、もっと前の先祖から、それこそ生物から何十億の歴史がある。
さらには、DNAは宇宙から来た説などもあり、それを考えると人間の本質とは?となりますね。


身体はシステムとして、中枢神経系と末梢神経系があり、
身体全体を統括しているのは、中枢神経だろうが、
おそらく、意識することも、中枢神経が担っているのだろう。

中枢神経は、末梢神経の感覚神経によって現実の状況、身体のステイタスを知る。
感覚神経は、陰である。
意識においては、現実とは五感の世界が全てである。

末梢神経の運動神経によって現実に干渉する。
運動神経は陽である。

思考関連は、末梢神経の自律神経。
思考は、外からは見えないブラックボックスである。
五行では、心臓は発想力、肺は思考力、肝臓は判断力、膵臓は記憶力、腎臓は応用力と云われる。
五行とは。三次元空間を表している。
上、下、左右、前、後である。
これは、人間が3次元で活動することも意味する。
思うに、四次元とは、外から中心、中心から外への、拡大縮小次元と思う。


中枢神経は、脳幹が中枢部だそうだ。

脳幹は原始的な脳で、根源的な生きる機能を司っている。
現代医学では、脳幹の機能が失われたら脳死と呼び、意識の戻らない植物状態とは分ける。

すなわち、体温があり、心臓が動き、呼吸していても、脳幹が死ねば、脳死、すなわち死扱いされるのである。

しかし、それは他人ごとではない。

脳だけが中枢神経を担っているのではなく、脊髄をも含んでいる。

さらに、小脳や大脳と高度な社会生活を処理するパワーがある。
しかし、この大脳新皮質的、エゴ的理論が現実の本質を見失わせている部分でもある。

大脳は、高度な社会生活を処理するが、それは生命活動ではなく、
末梢神経系からきた現実世界・社会活動の担当である。

現実世界とは所詮、感覚神経の世界である。
インプット(感覚神経)ー>ブラックボックス(自律神経)ー>アウトプット(運動神経)

大脳が反射的に処理命令を行い、単にロボットのようになっていないか?
段差でもがいているルンバのようになっていないか?
中枢神経の力が弱まってないか?

主が逆になっている。
末梢神経系が中枢神経系と取って変わってる。
それが、いろいろな問題や病気を生み出している感じだ。、

悪姿勢や緊張などで、後頭部から首はコリ、自律神経は乱れ、
脳幹が死んでいる方に近くないか?

心(大脳)を抑え、運動(小脳)を制限し、ヨガや禅など、脳幹部を活性化しようとするボディワークがある。
本来はもっと高次な目的とは思うが、健康にとっても、脳幹の活性化は大事だと思う。

脊髄、背骨、腰、背中、首、後頭部をリラックスしてコリのない状態にする。

逆に、大脳に偏った、現代人は、脳幹の活性度は低く、逆に大脳的力で健康になろうとしている。


ヨガで云う、クンダリニーはムラダーラから脊髄を昇っていき、頭頂サハスラーラへ至る。

ほへとの研究している肥田式強健術においても、
下腹部の正中心(丹田)に対して、脳幹は、聖中心と呼ばれる。
禅の無の境地は、脳幹十字交差線が理想的な関係に置かれた際に、
正中心より、仙骨神経叢~脊髄神経~脳幹中枢部(聖中心)に通じる時に機械的に現出するという。

姿勢が大事というのは、過度に大脳に委ねて迷いに入らず、
中枢神経の中心である脳幹から脊髄を意識し、真っ直ぐ伸ばすということ。
また何度も言いますが、伸ばすとは、反るではない。屈するのでもない。伸ばすのだ。リラックスして。

特に上半身を緊張せずに、真っ直ぐ伸ばすように心がけて下さい。
ちょっとは現実世界にめり込んだ頭の位置が修正されるはずです。

末梢神経(エゴ)が観察している現実社会があり、
中枢神経は末梢神経(エゴ)を観察している意識です。

身体は、最初、ひとつの受精卵だったんだよ。
現実社会より、自分自身を大事にして下さい。
posted by ほへと at 21:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月05日

存在する

存在するから、世界も存在するという話もある。

理由があるから存在しているのか?
存在の方が理由より先なのか?

まず、存在するから、それからあれこれの要求が出てくる。
そう考える。

存在がやがて消えるまで。
その存在を強く願いたい。

世界は思い通りにいくようなものではないが、
世界が存在する限り、存在は見守り続けなければいけない。
しっかり、境界線を持ち続ける。


ここでいう世界はこの現実とも外界でもない、それは無かもしれない。

だから、ここでいう存在は、単に生きていることでもない。
心や身体というものを忘れて、存在をひたすら広げていく。

その中心にあなたがいるのだ。

あなたを強く持つ。存在を強く持つ。

もうわかると思うが、現実に戻っても、自分を過剰防衛しない。

あなた・存在が強いのなら。
posted by ほへと at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

心を強くするには

「心を強くする」には、まったく逆で、心の声を無視することです。
もしくは、心を無にすることです。

常々心の声に耳を傾けていては、強くなるはずはありません。

どういうことか?

心が主体で発することは、単にエゴです。
それをいちいち聞いていては前に進めません。
まして、エゴの要求(=欲)を増長させるようなことはあまりやめましょう。


心を強くするには、心を意志の支配下に置くことです。

まず、意志を明確にすることですね。
自分のやるべきことをしっかり決めるということです。

今、あなたがやるべきことは何ですか?

自分のやるべきことは、それは、いわば、法のようなもので、心の上に存在するものです。
意志を実現するために、心と身体はあるのです。

心は下僕です。
しっかり上下関係を構築する。


心は油断すると、ソフトクリーム食べたい、外に行きたくない、アイツが私に理不尽なことをする、イタリアに行きたいなぁ。
など、いろいろなことが浮かべてきます。

そんなことをいちいち聞いていれば、本来のやるべきことが遠のきますね。

また人間弱ってくると、心は無駄に自己弁護します。
何故私がこんな目に合わなければいけないのだ?
私は悪くない。
こうなった原因はやつのせいだ。
やつのココがほれ、悪いじゃないか!

そんなことをいつまでも聞いていても、ましてやノートやSNSに書いても、
ダメですね。

まずは、やるべきことをしっかり持って、心をその支配下に置くことです。

やるべきことは抽象的でもいい。
幸せになる。健康になる、金持ちになるでもいい。

そのために、心が、ココが悪い、ここがダメだと、改善ポイントを指摘するのは良い事だ。

がしかし、やるべきことから逃げるために、ココが悪い、ここがダメだと、言い訳していては、それはダメですね。

それは他人に対してもそうです。

自分の心を無視することが出来れば、いちいち相手の言動にかき乱されなくなります。
そう、同じように、相手の心の声を無視できるからです。
相手のやるべき方向を見据えて、いらないところに反応しないようになります。

また、相手が心(エゴ)から発しているのか、もっと上からの意識で発しているのかわかってきます。


簡単にいえば、心に同情しないこと。
自分にも相手にも。
それが心の強さです。
posted by ほへと at 22:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月28日

運命よ未来をまだ決めないで

必要なのは未来を知るレーダー(占い)ではなく、目の前の幸(チャンス)をゲットする腕力(実力)です。

いつからかな?
未来を知るという興味は無くなった。
多分、自信というか、自分の歩む道は、これでいいのだと思ったからかな?

タロットもしたことがある、やたら未来を気にして、未来というのを知りたかった過去もあった。
でも、やがて、目の前に現れた、チャンスを得るのはしょせん実力であると気づく。

それはある時。
運命というものがあるということを理解した時は、
すなわち、未来を知りたいということを卒業した時だった。

運命は、飴やムチなどを使い、やがて目の前に現れるチャンスの為に、いろいろ準備をさせる。
そして、4次元の地図のある位置まで導く。
やがて、扉が開き、ラスボスっぽいのが出てくる。
やるべきことができてないと、倒せないのだな。

こういうことを繰り返している人、頑張っている人とはこういう感じの先にいるのだろう。

そういう人を簡単に運がいいと思ってないだろうか?

だから、一見同じように見えても、そんな人とは4次元の地図上では重ならないのだな。

運命よ未来をまだ決めないで。
posted by ほへと at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月11日

バレンタインとアイテム(?)

バレンタインだから、パートナーのいない人は、こういう祭りには是非参加しよう!
本命のいない人も本命を一つ無理やり作る。
軽くね。軽く。

また、好みというのもできるだけ捨てる。
それより、縁的なものを見たほうがいい。
遠くのイケメンより、近くのナニだな(笑)。
一発勝負ではなく、確率で行こう。
ホームランではなく、バントな。実力と年齢も考えて。

義理にコストを回すくらいなら、本命を3〜5個とかに増量する。
滑り止めとは言わないが、数撃ちゃ当たるはある。
あからさまな義理では、逆に、可能性の門を自ら閉じているのですよ。
飯一緒に行けるレベルならガンガン本命な。
後で、困るくらいになればいい。(まぁならんし)

それと大事なのは自信です。
美人でもコンプレックスが強いと恋愛は下手。
多少ナニでも自信のある人は、尊敬するほど恋愛の上手い人はいる。
やはり経験なんだろう。

あと、アイテムとして、よく水晶のブレスレットとか見るけど、ダメだな。

パートナーが欲しい人は、ポッケに、ライター、マッチ、小瓶でウイスキーとかウォッカを。
タバコは吸わなくても、火は付けなくても持っとくと良い。マッチ売りの少女だな。

恋愛のスタートは、冷静になったら負けや。
水晶は、まぁ単純に冷たいイメージがするだろ?
水晶=水=冷たい:冷静

奇門遁甲(方位術)でも、最大の恋愛運は、木と火の組み合わせ。
恋愛運の悪い方位には、水と土の組み合わせもある。水晶って、、

また、水晶球はどちらかというと、即現実面に影響はしないし、

使い方としては、動かない時。反省するとか、目標を決めるとか、そういう時に使えば効果的だと思う。
行動中や実行中は逆にうまく行きかけた現実を遠ざけてしまう場合もある。
現実から引き離すからね。精神的とはそういう意味もある。

ローズクォーツ(紅水晶)も、水晶の中では、赤い。
恋愛をイメージしやすいというのはあるが、これも、会議室で使ってね。現場で見せたら引くよ(笑)。


ともかくライター、マッチなどの火のアイテムの効果として、
スバリ行動がバカになる(キリッ)
水晶とかの方向と逆だな。

クリスマスとかバレンタインは、赤だよね。
祭りとかも、バカだろ?
赤=火=バカ(大事)

恋愛だから、バーニングなんだな。
ハートに火をつけてなんだよ。
バレンタインだから、相手のハートに火をつけないとね。

だから、渡す時には、イメージとして、炎と共に渡す感じで。
バレンタインという祭りを利用して、頑張ってください。
posted by ほへと at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月09日

這い上がる

どんな状況でも、前を、上を見なければ、這い上がれません。
下ばかり見ても、また、下がってしまいます。

これは意識の問題です。

悪い事を意識すれば、心は悪い事を求めるようになります。
良い事を意識すれば、心は良い事を求めます。

這い上がるとは、悪い事を、意識しなくなったということです。


悪い事を意識すれば、心は悪い事を求めるようになります。
それは悪事を考えているのとも違います。

何かを否定する場合、良い状況を指向して、悪い部分を改善、無くそうとして否定しているのか?
単に、悪い部分しか目に入らない意識状態になっているのか?の違いです。

前者は前向きですが、後者はそれがなくなっても、また違う悪い部分を探すので、良くはならない。
悪い事を意識しているとはそういうことです。

時には、自分の信念、正義感で、何かを激しく否定するかもしれません。
それは、ポジティブです。
否定は即ダメとかではない。
あとは、否定するだけか?という次のステップですね。

人を見る場合でも、思考能力よりも、その人の意識を見なければいけない。
意識が低ければ、思考結果が弾き出すものも、低いです。
言葉や文章の節々にでますね。
ツイッター等でも、正義っぽく振舞っても、単に否定するだけの人には、うーんですね。

極端に、良く見ようとしたり、ポジティブに思い込もうとするのも同じようにダメです。
クリアに、ありのままに見ることが大事ですね。

意識が前を上を見ているのではなく、色眼鏡で見ているのですね。
意識が過度に期待するのもダメ。
それではまた、同じ場所に戻ってきますよ。

例えば、裏切られたのではなく、見方が甘いのです。
信じることはダメです。現実を見るのです。

這い上がる途中で、よくある失敗ですね。

クリアな意識ですね。
クリアな意識を持つコツは、姿勢です。

崩れた姿勢では、クリアな意識は難しいので、
正座とか坐禅とかして、頭の重さを腹に、地に、落としてみましょう。
一番の近道かも。できるだけ無心で。

とりあえず、谷底から、一気に這い上がれないので、
一歩づつ、一歩づつ、下がることもあるだろうが、前に、上に歩んでいこう。
焦りは禁物です。

前より、こだわらなくなった。その程度でも、前進なのです。

まだまだ、寒いですが、日は確実に長くなってきています。
前を上を向いて、良い事に意識が向くように。
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2013年01月20日

人間関係、古い友人について

人間関係を作るのが苦手な人は、まず古い友人を大事にしない。

新しい知り合いを優先し、古い友人を疎かにすれば、当然、人間関係は希薄となるね。という話し。

一見、社交的で、友人が多そうな人に見えても、人間関係を作るのは苦手な人は多い。

友達の友達はみな友達だと思ってる人は、意外に友達は少ない。

友人と、友人の友人はまったく違う。
冷たいかもしれないし謙虚なのかもしれないけど、それは知り合いだろうと思う。

友人の紹介でも、あなたとは一からのスタート。
出会いは、花や実ではなく、種や芽なのだ。
時間を掛けて縁を育てていかなければいけない。

友人に頼めても、知り合いには頼めない。故に友人なのだ。

それでも、友人の友人は頼みを聞いてくれるかもしれない。
それは、あなたを友人として信頼しているのではなく、友人を信頼しているからだ。

友人の友人に迷惑を掛ければ、それは同時に友人と友人の友人も切れる。

せっかくの出会いを、花や実と勘違いし、もぎ取ったらどうなるのだ?その縁は枯れるということだ。

中には、誰々の友人ということをアピールし、友達の友達はみな友達の法則を利用して、
人脈を開拓し、渡り歩き、迷惑掛けて、気がつけば去っていった人もいる。

何十年来の友人と、昨日今日あった友人とどっちが大切か、優先順位がわからなくなっている。
人も大切だが、その人と作ってきた思い出も大切だ。

しかし、中には、人の上っ面のステータスしか興味のない人もいる。
偉い人と、知り合いになっても、だからどうなんだ?
あなたに得でも、相手からも得でなければ、関係は成り立たない。

昔からの友人がいなければ、経験や成長を比較することはできない。

友人に礼儀とか、筋を通すということが、わからなければ、
友人の友人の扱いがわからなければ、人間関係は広がらない。

ともかく、知り合い(出会い)、時間を掛けて、友人に、さらに年月をかけて親友になっていくということ。

ちなみに、優先順位の無い、オリジンタイプD、数秘4,8はこのようなことに陥らないように。
友人には、ちゃんと気を使って、プレゼント等もすること、損をさせないように。
間違っても、おごってもらってばかりとか、もらってばかりにならないように注意。
新しい知り合いと、古い友人では、古い友人が大事ですよ。メッ

風水的な方位ポイントは、
出会い、すなわち、種や芽は、東、
縁を強めていくのが、南東
花が南
実が西。
経験から反省し、目標を決めるのが北。
古きを断ち切って、新たな出会いを、潜在意意識化で認可するのが、北東。
煮え切らない、腐れ縁は、南西。

いつもすぐにスタート(東)へ戻るではダメ、しっかり南(楽しみ)、西(実)、実?酒のあてかな?ができて友人かな?

部屋のその方向をキレイに。

例えば、アプリ版友人データベースでこういうのもいいかも。
☆☆☆☆☆ 親友・友人・戦友・マイライフレベル
☆☆☆☆  友人
☆☆☆   知り合い(友人の友人)
☆☆    知ってる
☆     今はどうでもいい
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2012年12月14日

恋愛は逆思考で

ここ数十年で、メイク技術かファッションセンスか女性は非常に美しくなっていると思う。

それなのに、不況なのか、車もないし、力を誇示できない、うかつに手を出せばセクハラ呼ばわりされる。
そんな最近のオス若人の草食化やリアルメスに対する興味の希薄さや、投資意欲の無さは、非常にもったいない。

出生率の低下の前の結婚率の低下の前の交際率の低下
時代や政治のせいにしても、人生は帰ってこないので、交際率上げよう。
クリスマスやバレンタインはやってくるし(マヤ暦で終わらなければ)。


恋愛で注意しなければいけないのは、男女で考え方・意識が全く違うというか逆ということの理解だろう。
自分サイドの思いや考えだけでは、相手を振り向かすことは難しい。
また、付き合っても、うまく行かない。

恋愛相談は同性より、異性のアドバイスは重要です。(※恋愛相談は男性のほへとへ)

まず男女平等という言葉が、ちょっとおかしいと思う。
違うものが、同じく等しいというのは無理がある。
例えば、犬と猫は平等である。みたいな感じだ。

昔の男尊女卑に対する、反対の考えと思うけど、
まぁ、一般社会では男女平等であるべきだろうが、
密室部分?、性差においては男女が平等な部分はない。


恋愛で大事なことは、自分と反対の意識を持つこと。
自分の思いや考えばかりを、ガンガンしててもダメ。
相手は違う生き物と思って話さなければ理解はない。
ちょっと相手の気持を考えろ、とうレベルではない。

非常にシンプルだけど、よく考えてみて欲しい。
男性の恋愛は、3次元から4次元、すなわち、現実から心の方向
女性の恋愛は、4次元から3次元、心から現実の方向

その方が、割と、相手の真実に近いかもしれない。
その反対を知るための恋愛かもしれないと思う。

男女真逆。

上っ面の社会で、どれだけスマートに生きても。
恋愛は一番大事なコミュニケーションと思う。
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2012年12月03日

東京にて(121201-2)

最近の鑑定の悩みには、何をしていいのがわからないというのが多い。

夢希望がない。持てない。そんな社会だけど、政治家さん、仕事ですよ。

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海鮮丼850円也。
今日は、いつもの新宿の丼コマツへランチへいくが、つい目の前の寿司屋へいく。

ブログ用に写真撮ってもいいですか?と大将っぽい人に尋ねると、
いいよ、どんどんCMしてと気軽にいう。
しかし、その大将っぽいおっさんは、「丼には顔があって、こっちが正面だ」と言って丼を回転させる。
いい話する前に、最初から、客に顔見せとけよ。と心でつぶやく。

さすが、寿司屋。酢飯がおいしいね。
でも誰があの罰ゲーム並みのワサビの量がいるのだろう?とまた心でつぶやく。目には涙。

ごちそうさまでした。

ボディワーク教室は、ストレッチやヨガでお馴染みの前屈ポーズ。
太ももと腹をくっつけるようにはやらない!
逆にそこに力は入れない!
前に投げ出した脚を、踵を中心に床に押し付ける。
その反発力で背筋を上に伸ばす。手は斜め前上45度に伸ばすつもり。
それで腰を十分に伸ばしつつ。

意外と、楽に伸びるようになったようです。

最近の人の悩みに、夢や目標がないという話をした。
目標達成時のイメージよりも、実行時に生じるリスクを考える。
いくら提案しても、うーん、どうかな?となる。

そりゃ、行動できんね。
恋愛も、仕事も。

財布にお金が詰まっていたら、アイデアは溢れてくるけど、
逆だと、無駄排除思考に陥るのと同じ感じかな?

ちょい前のおっさんはバブルを知っていた、
今の人は、無駄排除思考が強く、
夢や目標という設定自体に疑問があるのかもしれない。

ほへとがもし政治家になれば何を実現するかの話をしたが、
とてもブログでは書けない内容であった。
意外と納得する人もいて、あなたも、ほへ党やね。

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打ち上げにいつもの、表参道最安居酒屋?中西へ

雨で傘を持っていなかった人がいたので、店に忘れた傘があると思うから、帰りにもらったら?という提案したら、みんな信じられないというような顔。おいおい。
ほへとが普通に店員さんと交渉しゲットする。

居酒屋は7名、盛り上がりました。
posted by ほへと at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月27日

名や意味が浮かび出す世界

世の中のいろいろなものを見る時。

無意識に、そのものの「名」と「イメージ」を認識している。
いろいろなものを見て、ふと浮かぶ「名」にどんな感じがしますか?
(見る:それは視覚でも、聴覚でも、味覚でも五感という意味)

逆に、その人の持っている、そんな言葉とそのイメージを、そのもの達が見つめている。
あなたも、ものも、見つめ合う時に、はじめて存在する。

本当のあなたは、見つめているものと同じ世界にいるのではない。
そのもの達が見つめている、名や意味が浮かび出す世界にいるのだ。

現実の自分は決して本当の自分ではない。
心の作用である、欲も感情も、思考も、決して本当の自分ではない。
(それは、エゴと読んでいる。生年月日占いが参考となる)

人を見るということ。
人から見られるということ。

本当の自分は、エゴを静めて、名の方を意識しなければ見えてこない。
こっち側をセルフと読んでいる。
いくら心(エゴ)をとりつくろってもどうでもいい。

存在はそっちでは無いのだから。

そのもの達が見つめているのは、姿や心ではない。

あなたから、いろいろなものの、「名」と「イメージ」が生み出され、世の中を創っていく。
「あなた」という世の中を。

ちょっとうさんくさいけど、考えてみて。
posted by ほへと at 15:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月31日

般若心経の研究(5)「般若波羅蜜多」

「般若波羅蜜多」とは?
般若:根源的な叡智とか、究極の真理。般若の面は関係ない(はず)。
波羅蜜多:彼岸に渡るの意とか、菩薩必須カリキュラム、サンスクリットでパーラミター

般若波羅蜜多:要は6つの修行(六波羅蜜:菩薩必須カリキュラム)の中の一つで、究極の真理を得ることを指向する修行のことを指す。

般若心経冒頭で、「観自在菩薩」が「般若波羅蜜多」の行深、時に、「照見五蘊皆空 度一切苦厄」がそもそもの始まりである。

その後、弟子の舎利子に「五蘊皆空」の「空」とさらに「空」の中を説明。

で、今回、
「菩提薩埵」、「三世諸仏」がそれぞれ(?)「般若波羅蜜多」を依るが故え(よるがゆえ)、どうなったかが説明される。
「心の恐怖心や迷いから、開放され、絶対の悟りの境地に至る」とある。

「菩提薩埵」は修行中の菩薩。「三世諸仏」は悟った仏。

さらに、
故えに知る、「般若波羅蜜多」は、最上級の「呪文(真言)」である。とある。

最終的には、「般若波羅蜜多」の「呪」を説くとなり、あの「羯諦羯諦ー」に続くのであるが、この最後の方はよくわからん。

ほへととしては、
「般若波羅蜜多」は最上級の「呪文(真言)」であると言っているのに、
さらに「般若波羅蜜多」の「呪」を説くとはどういうことやねん。
「般若波羅蜜多呪」が「是大神呪」ではなく、
「般若波羅蜜多」が「是大神呪」だろう?矛盾?

そもそも、「観自在菩薩」、「菩提薩埵」、「三世諸仏」が大事なのは「般若波羅蜜多」
であり、「般若波羅蜜多呪」ではないはずだが?
何か最後が、無茶な気がするがそれは、素人だし、いずれもっと分かる日が来るかもしれない。
何にしても、分からない事は、分からないで、先送りすることも大切で、
今の未熟な自分に理解できるように低レベルに解釈するべきではないだろう。

また、訳者によっても、区切り方から、解釈までこの辺りはいろいろですね。
まぁ万一わかるときは悟った時かな(笑)

とりあえず、「般若波羅蜜多」は、あっち(仏界?)ではこう言って(呪)ますよ的な感じで置いています。

結論的に、
要は、「般若心経」の本質は「空」を説くのではなく、どっちかといえば、「般若波羅蜜多」が大事ですよということが、素直に解釈すればわかる。

まぁ誤解も織り込み済みで言えば、般若心経とは、この「究極の真理を得る修行(般若波羅蜜多)」へのお誘いではないかと思う。(甘い口説き文句も多い)

大事なのは、「般若心経」の文章自体でも「空」でもなく、「究極の真理を得る修行(般若波羅蜜多)」の実践により、「五蘊皆空」であることを掴むことではないか?
まぁ般若心経自体が、宝ではなく、宝の地図であるという当たり前のこと。
宝探しの旅が「般若波羅蜜多」、宝が「空」、旅人が「五蘊」という感じかな。

さらに続く。
posted by ほへと at 17:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月22日

般若心経の研究(4)「空」

般若心経や「空」に関しては、イマイチ納得出来ない訳が多い。
何か無理やり、道徳的な、説法的な、信仰的な用い方を見るが違和感がある。

例えば、
現実も人間の存在も実態のない幻ですので、執着せず、心を囚われることなかれ。
きれいや汚れといった心に囚われてはいけませんよ。
みたいな。

宗派や歴代の解釈や、檀家さんへの方便や、大人の事情かもしれないが、

でもそれって、観音さまレベルが悟る話なのか?、逆にかなりの人生がっかりじゃないか?と思う。

もっと素直に、逆に情を排除して、論理的に、理系な視点で見ていきたい。

前にもいいましたが、
最初に「空」が出てくるのは、冒頭の、
「照見五蘊皆空 度一切苦厄」の「五蘊は空なり」

その次は、最初の舎利子以下、
「色不異空 空不異色、色即是空 空即是色」

これを素直に訳せば、
・舎利子よ、いいか、「色」は「空」と異ならず。「空」は「色」と異ならず。

おそらく、舎利子は、「異ならずって同じってことちゃうの?」と突っ込んだかもしれない。

それを察したのか、最初からか、
・「色」は「空」とイコールで正しい。「空」は「色」とイコールで正しい。
とくる。さらに、
・「受想行識」の残りの五蘊も省略するけど一緒やぞと。

次に、2回目の舎利子以下、「空」を不や無の否定形で説明します。
「是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行識」

「是諸法空相」という言葉が出てきますが、これは否定形ではないが、これの解釈も重要と思う。
諸法とは、この世の理というか、科学的な宇宙の法則といった感じでしょうか?
問題は「空相」である。「相」とは手相や家相のように、幾つかの顔や状態が存在するということ。
・この宇宙の法則は、空のひとつの姿(相)である。

ここは結構重要です。宇宙の法則は「空」である。では無いのだ。
今までに来た「空」の説明では、
五蘊皆空:五蘊は空なり
色不異空:「色」は「空」と異ならず
色即是空:「色」は「空」とイコールで正しい。

しかし、この世、宇宙の法則はイコール「空」ではなく、空の相であるということ。
五蘊は「空」であるが、この宇宙の法則は一段回テンションが下がって、空の相という点。
この宇宙より、人間の方が、エライということちゃうのか?

で、「不生不滅 不垢不浄 不増不減」
先の諸法とも関連するのだが、
・(この世界は空のひとつの姿だが、「空」は)
・この宇宙と違って、ビッグバンも無ければ、宇宙の終わりもない。人間の価値観もなく(判断する意識体がいない)、膨張も縮小もしていない。
すなわち、「空」には時間が存在していないと取るのが論理的・理系だよね。

「是故空中 無色 無受想行識」
ゆえに、「空」の中には、「色」は無い、受想行識も無い。
すなわち、「空」の中には五蘊といった人間の意識のようなものは無いということです。

その後は、いろいろと、NOT(無)の嵐であるが、まぁ端的に言えば、「空」とは、この世界の次元で考えるなよ、違うし。という感じですかね。
ちょいと気になるのは、無明(迷い)は無い。すなわち、「空」とは確実に、ポジティブなもので、「幻」的なものではないことはわかる。

ほへとが舎利子だったら、
「えっさっきは空と五蘊は同じみたいなこと言ってたけど、今度は、空の中には、五蘊は無いやと?どういうことや?」
と、混乱するだろう。

では、結局「空」とはスバリ何なのか?
それが、知りたければ、次に「般若波羅蜜多」というキーワードが出てくる。

次へ続く。
posted by ほへと at 21:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 独り言(読み物) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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