高雄の神護寺に来ました
撮影は、Motorola razr 50 Ultra
曇っていて、標準モードではくすむので、プロモードでホワイトバランスなどを調整して撮影
今回は、やや早めかな?
見頃には東京行ってるし、まして連休は人大杉
偶然、神護寺のお坊さんに貴重なお話をして頂いた
その中で、成田山新勝寺の不動明王は、空海作とは知っていたが、実は元は神護寺に祀られていて、関東の争い(平将門の乱)を収めるために東国へ行って、戻るときに、不動明王が東国を守ると動かなかったというお話を聞きました。
神護寺といえば、空海と和気清麻呂だが、平安京の造園を担当したのが、和気清麻呂。すなわち、千年の都、京都の風水の設計者。
皇居にはブロンズ像が2つあり、ひとつは楠木正成。もうひとつが和気清麻呂。明治の10円紙幣の肖像にもなった。
お坊さんの話では、和気清麻呂は、奈良時代末期、道鏡の一件で、天皇家を守った話や、護王大明神、イノシシなどいろいろ、
さきの、成田山新勝寺は、明治の神仏分離までは、「成田山神護新勝寺」だったそうです。
特に面白かったのが、神護寺に空海が若い頃住職してて、山から現在の大覚寺、嵯峨天皇のところに通っていた話
嵯峨天皇と空海は、平安時代初期の「三筆」として知られる書道の大家。
疫病をおさめるための般若心経や、争いをおさめるための不動明王のお話など興味深く聞きました。
ほへとは、嵯峨中学、北嵯峨高校と、大覚寺なんぞ、北嵯峨のすぐ隣で、いろいろ縁がある。
今は、平安京の御所(大極殿)の千本丸太町に住んでいるので、空海も和気清麻呂も身近に感じてる(勝手にだけど)
和気清麻呂のお墓にまいってから、小雨が降ってきたので、雨宿り。
紅葉と清滝川を眺めながら






